▼赤軍2 西地区○○○4にて
どごんと言う爆発音と無線から和彦の悲鳴が聞こえてから凡そ5分。微かにするガソリンの匂いの中、目の前の白の軍勢はまるで一つの生き物のように蠢く。
それをビルの屋上、給水塔の影から観る2人がいた。
「ねえねえ俊くん」
戦場とは不釣り合いなメイド服を風になびかないように押さえつつ箱庭沙羅が言う。
「なぁに沙羅ちゃん」
これまた戦場とは不釣り合いな可愛らしい虎のニット帽を被っている浅川俊が言う。
「動き出しましたね」
「動き出したねぇ」
そう言い合って2人、目を合わせ笑う。
『あっ本部でーす…。あの、報告貰っても?』
その2人の笑い声を遮って恐る恐るといったように和彦が無線から呼びかけた。
「嗚呼、和彦センパイすみません。己…己たち、ちょっと高揚しちゃって」
こわ…と言う和彦の呟きを無視して沙羅が双眼鏡を覗き込む。
「さより本部へ。白軍、動き出しましたね。目視で可能な範囲で1から2中隊規模が西地区○○4に居ます。そのうち大凡1中隊規模の騎馬隊が出撃しています」
『1中隊?多くない?』
その言葉に俊も沙羅が見る方向を向く。スコープを使わなくてもわかる、人間には到底無理な…と言うか明らかに馬に乗っている集団がいる。白い制服で白馬にまたがっているせいでこの距離だと同化して見える。
その集団は大きく三つに分かれていく。北、南、中央に分かれるようだ。中には馬車のようなものも走っている。おそらく乗っているのは狙撃手だろう。さっさと場所取りするつもりなのだろうか。にしても目立ちすぎないか?
「沙羅より本部へ。1中隊規模の騎馬隊が3小隊に分かれ南北中央に進行中です。速度は40キロ毎時程度。後方に馬車を確認。1小隊につき2台、1台2人程度の乗車を確認しました」
『ふんふん。流石に馬は早いね。…にしても馬車か』
「囮でしょうねぇ。使えない人でものせてんのかな」
「…どうでしょうか。使えなかったり新人だったりする割に緊張はして居ないように感じます」
沙羅は相変わらず双眼鏡を目から外さずにいった。馬車に乗っている二人組は微動だにしないように感じる。双眼鏡を使っているとはいっても距離はあるため詳細まではわからないが、緊張のため動けない、と言う様子とは感じられない。どちらかと言うと……置物のような。
「実はハリボテだったり」
『それは流石にないんじゃないかな?』
「いやぁわかりませんよぉ?」
『ふーん。じゃあ馬車を引いてる馬を撃てば問題ないよね!!』
と、和彦のものでない声が無線から聞こえた。
ヘラヘラとしたものいい、男性にしては少し高めの声。火箸朔斗の声だ。
「っ!朔斗さんっ!!どちらに?!」
ぽぽんと俊の周りで花が待っている。…気がする。ぶんぶんと振られる尻尾が見える…気がする。
俊は白軍の動きを確認している沙羅の手からスッとタブレットをとり、自分たち含む赤軍の位置を確認する。
『11時の方向からお馬さんが迫ってるねぇ。西地区と北地区の境界線。北地区○19』
俊はすぐさまタブレットの地図で位置を確認し、北東へスコープを向けた。朔斗がいるであろう建物は3階建てのアパートだった。そこから見て11時の方向からやってくる騎馬隊には他のもの同様に2台馬車が付いている。
馬車に乗っている人は皆黒いTシャツとロングコートを着ている。チラチラと髪留めだろうか、首飾りだろうか、リボンのようなものが見える。そこで俊はふと何かが頭をよぎった気がした。どこかで、見たことがあるような気がする。
「…馬車に乗っている人は青いリボンのようなものを巻いてるように見えます。どこかで見覚えがある気がするのですが」
「…こちら沙羅です。他の小隊の馬車に乗っているものも青いリボンをつけているようですね。何かの印でしょうか」
『ふうん…ま、取り敢えずお馬さんを墜として様子を見るねぇ』
『……なんだか嫌な予感がするな。朔斗さん、いつでも撤退できる準備をしてください』
『んもぅ!わかってるってぇ』
そこで朔斗の声が完全に遮断される。スイッチを切ったのであろう。攻撃姿勢をとったのだ。
『俊くんは朔斗さんのとこの様子見を。沙羅ちゃんは別動隊をみてて』
「りょーかいでーす」
返事をしてから俊はスコープ越しに白軍の馬車を追いかける。
暫くして馬車を引いていた馬が後方に大きく仰け反り倒れる。それに合わせて馬車も大きく横転した。乗っていた2人は馬車の下敷きになった。
「えっ」
それを和彦に報告しようとしたその瞬間だった。目の前で信じられない事が起こった。
『…俊、報告』
いつもの穏やかさを無くした酷く冷徹な声で和彦は告げた。俊が慌てて報告する。
「あっえっと馬に弾着し、馬車が横転したのですが今馬車が粉々にっ」
馬車が横転したと思ったら粉々になっていた。わけがわからない。
『血痕は?出血した後とかない?』
「あっあ!あります!かなり大きめの血だまりがあります!」
その横で別動隊を観察していた沙羅が言う。
「こちら沙羅です。残りの小隊はそれぞれ西地区○○9を突破します。西地区突破まで5分かからずかと」
『了解。観測は夏羽に引き継ぐから俊のサポートに回って』
「了解。…北側の小隊は足を止める様子はありませんね。乗っていた2人らしき人物も確認できま」
「うぇ?!」
と、 突然俊が悲鳴にも似た声を上げる。
『どうしたの?』
「今なんかっ、馬車に乗ってた白軍が馬の死体にぶつかってっ。ひっひとりは、死んでる?えっなんで?!」
『ふっふふ、ふふふふ』
突如朔斗の声が無線機から聞こえる。無事であったと安堵したのと同時に、いつもと違うその様子にぶるり、と一つ震えた。
「朔斗、さん、」
『ふふふ、ふふふふふふ、あはは、あっはははははははははははははははははははははははははははははは!!!!』
明らかに何かがおかしい。いつもニタニタと笑っている朔斗であるが、こんなに声が枯れるほどに笑うだなんて。
その薄ら寒い俊の予感は朔斗の次の言葉で当たっていた、と理解してしまう。
『あいつら!!やりやがった!!実を結んだんだ!!あのマッドサイエンティスト!!ついに完全に近い人間兵器を作りやがった!!!!』
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