▼赤軍1
どこまでも広い空。建ち並ぶビル。その一つに一夏羽は腰掛けていた。
水溜りに張っていた氷はすっかり溶けていて、自己主張の激しい太陽を除けば清々しく過ごしやすい。
夏羽は大きなあくびを一つかいた。どうも観測任務というのは退屈だ。自分には硝煙漂う最前線が向いているのだけれど。しかもこの天気、この気温。正直寝たい。
『本部から夏羽へ。状況説明どうぞ』
と、片耳のヘッドセットから司令塔、見部和彦の指示が入る。
「夏羽から本部へェ。未だ動きは見えずゥ。…ネェ、暇なんですけどォ」
『本部から夏羽へ。気持ちは分からなくもないけど観測もれっきとした任務だから我慢してね。どっちかが動いたら夏羽も動いていいからさ』
「夏羽から本部へ。りょォかいでェす」
夏羽が適当に返事をするとヘッドセットの向こう側からくすくすと笑い声がする。女の声からして同じく司令塔のラブだろう。
はぁ、と息をついて双眼鏡を覗く。東に黒い集団、大和皇国鎖環連合、通称黒軍。西に白い集団、日本公帝国軍、通称白軍。大きな動きは見えず、緊張状態が続いている。
手元のタブレットに目を落とすとこの場所の地図と点在する赤い丸がある。同じインペラトル、通称赤軍の仲間たちの現在の潜伏場所だ。ある者たちは白と黒の近くにある者は中央部に、ある者は何キロも離れた場所にいる。
以前は多くの人で賑わっていたここ、東地区二○三八は戦場となる運命にあった。が、
はぁ、と夏羽は二度目のため息を吐いて首元の赤いリボンを弄る。それにしても退屈すぎるのだ。黒軍、白軍が戦ってくれれば我々赤軍も乱入できるというのに動かない。というか赤軍は撹乱混乱動乱を巻き起こすのが概ねの存在意義であるのだから別に観測手の真似事などしなくてもいいのでは。
折角用意した…と言うか無理やり持ってきた九八式柄付手榴弾-丙の泣き声が聞こえる、気がする。いつ使ってくれるのだと。さっさとお仕事くださいと。
ふとここである男の言葉を思い出す。
『戦争がないならおこしちゃえばいいじゃぁん!Whooo!!俺っちマジ天才!!』
このあと殴られていたけれど中々の名言だ。このあと殴られていたけれど。
「夏羽から友軍に告ぐ。中央部爆破するねェ!危ないから離れててェ」
『は?』
ヘッドセットの声は無視して鞄から柄付手榴弾を取り出す。わちゃわちゃ言っているが気にしない。ピンをぽん、と外す。
「そォれェ!!」
『うわああああ!!夏羽やめてええええ!!総員退避いいいいいいい!!!』
和彦の願いもむなしく空中に放たれた手榴弾は大きく美しい弧を描き自由落下、そして東地区二○三八中央部に付近に位置するガソリンスタンドへ吸い込まれていき……。
凄まじい音が空気を震わせた。地震のようなそれは地区二○三八を襲い、そして西から、東から怒声が上がる。
画して、第一次東地区二○三八戦争が始まった。……たったひとりの少女の悪戯心によって。
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