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- 「聞き漏らしのないように聞いてください。他軍がそばにいる場合は報告するように」
『えー?他軍と情報共有するの?』
「私語は禁止します」
『ちぇー』
給水塔の影、其処にはピリピリと得物を持って辺りを警戒する秋人、その背後に一、そして目を閉じる和彦とそれをさっきまで治療していたあゆみは前線に行ったようだ。
「ミレンではない生物が此方に接近しています」
『ミレンじゃない?じゃあなんなんだ?』
通信機の向こうから聞こえる声は夕輝のものだ。彼は前線で戦いつつ深雪と共に他軍のバックアップに当たっている。
赤軍が参加してから統率がきちんと取れるようになったビル街は少しずつであるが確かにミレンが減っているように見えた。
しかし、今ここに向かっている生物の能力は未だ計り知れない。朔斗や冴得が退けたと連絡が入ってはいるが、情報はほとんどないに等しい。
「おい」
突然掛けられた声に秋人はむ、と顔を顰めた。その視線の先には小春がいる。
「おいじゃねぇよ愚弟」
「十分でしょ馬鹿兄」
小春は秋人を鼻で笑い飛ばし、秋人の後ろで通信している一に歩み寄った。
「晴隆さん、ミレンじゃない生き物って」
一はちらりと小春を一瞥してからこちらに向かっている生物を見つめた。それはもうすぐそばに来ている。距離にしておよそ100mほどだ。はじめのそばに控えていたモンチュがじぃと標的を見据えた。
「分析中です。目撃したものの中には体調を崩したものもいます…」
その言葉を聞いて秋人は少しだけ身震いした。先ほどからこちらへ飛来するそれは気持ち悪いや恐ろしいだけでは表現できない恐怖を感じさせる。自分は動けなくなったりなどは無かったが、果たしてアレに勝てるのかと言われると自信を持って答えられないのが事実…。
ふと秋人は隣の弟がやけに静かだということに気がついた。小春もアレを見たはずだが、悲鳴の一つも零さない。不思議に思って後ろを振り向いた。
そこに居たのは確かに小春だった…が、様子がどうもおかしい。
ただ一点を見つめる瞳には曇りなく、ただあの生物だけを映している。
ただ、ぽつり、と何かをつぶやくが、秋人には何も聞こえなかった。
「………」
「小春?おい、どうかしたか?」
小春は返事をよこさない。秋人に背を向けたまま、一に向き直り、鞭の柄の部分を圧し折るように構え、そこから顔を出した銃で、
「?!小春!!」
「覚悟してむか…ッ?!」
パァンと軽い音を立てて小春の手から放たれた弾丸は、反射的に一の前へ飛び出した兄の頬をかすめた。
秋人のタックルをもろに受けた一はそのまま大きく前に倒れこむがモンチュに支えられた。
しかし、衝撃で彼女の耳から外れた通信機はカシャンと音を立てて地面に落ち散り散りになる。
その音に気がついたのか、和彦がアナライズを中断した。
「おにぃちゃん…なんでそのひとかばうのぉぉッ!!!」
「秋人くん!!」
「なんなんだよぉッ!!うるさいいいいいいいいいッ!!!!」
標的を兄に定めた小春が慟哭するのと同時に和彦が秋人に叫んだ。すると小春は
和彦をギリッと睨んで手に持っていた鞭を投げつけてくる。
それを必死に避けようと体をそらすが大きくバランスを崩してしまった。
「あ、」
秋人はぽつりと呟いた和彦と目が合う。呆然とした顔が焼き付いたのは一瞬だった。
秋人が手を伸ばすも虚しく指先を引っ掻いただけで、その姿はビルの谷間に落ちていく。
「ッ!!かずひこ!!!」
秋人と同じように必死で腕を伸ばし、落ちるように急降下するアポロンと一を抱え、絶えず小春を警戒しているモンチュを唖然と見てから、秋人は小春に掴みかかった。
「小春、お前!!」
「なんで?なんでそんな顔してるの?おにいちゃん、なんで?なんでよおおおおお!!!!」
大きく吠えた小春はばしんと鞭でコンクリートを打って、その腕を大きく振り上げた。
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