9


誰かに呼ばれたような気がした。


「?どうかしたか?」

「…別に」


心配の色をにじませてミスラに声をかけられる。それに一言返して尋は目前の敵を掻き切った。

ピリピリとした緊張感を感じるなか、薄ら寒いものが喉元を這い回る感覚。気持ち悪さに尋は顔をしかめる。

と、耳元で機械音が尋を呼ぶ。
突然の音に肩を揺らしから通信機に手を添えた。


『ん?何かあったのか?』

『はいはーい!どうかしたのー?』



機械越しに聞こえるのは同じ軍のメンバーの声だ。その後から一が話し始める。


『聞き漏らしのないように聞いてください。他軍がそばにいる場合は報告するように』

「えー?他軍と情報共有するの?」

『私語は禁止します』


一の声にちぇー、と返してから辺りを見渡す。ミレンの数は決して減ったとは言い難い。苦戦どころかばったばったと斬り倒しているのだが、多勢に無勢。逢魔時が終わるのが先か、こちらが全滅するのが先か。


ふと、尋は黒の大群の奥に桃色を見た。
目を凝らすと虫のようなものだとわかる。

なんとも言えない者が尋の胸と頭を占めた。あれはミレンではない、と根拠もなくわかり、もっともっとおぞましく、冒涜的なものだと直感する。
ガチガチと突然の音がしてギョッとするが、それは自分の歯が鳴る音だと気がつく。



『ミレンではない生物が此方に接近しています』

『ミレンじゃない?じゃあなんなんだ?』


薄桃掛かった生物はまっすぐこちらにやってくる。こちらに近づいてくるそれは徐々に大きくなり細部が見えるようになる。


『分析中です。目撃したものの中には体調を崩したものもいます。覚悟してむか…ッ?!』

『…ヒメちゃん?ヒメちゃん!返事して!!』

『……おに、ちゃ……ああ……』

『秋人君!!』


ノイズ混じりの外野の声も、切羽詰まった和彦の声も聞こえない。

ただ尋は目の前の何かに囚われていた。


だらりと下がる6本の節足、膜を張る巨大な翼を携えた8つの影。


『う、あ、うわああああああああああああッ!!!』

『にーちゃん?!』


その頭と言えるような部分には剥き出しになった脳に触手のような突起が大量に生えているようにも見える。

通信機の向こうの喧騒がどんどんと遠く離れていく。自分の心臓の音だけがバクバクと聞こえる。せり上がってくる悲鳴を必死に抑えながらも、尋はぐらりと視界が回転するのを感じた。


「ッ?!おい!尋!!」


桃色に染まる視界の中で、ミスラの声がしたような気がした。






人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -