死ぬ前のお願いなんて卑怯だ
ミツバ編の山崎とミツバ
「山崎さん、お煎餅要りませんか?」
「いえ、俺には真選組ソーセージがあるんでお気遣いなく!」
あら、残念とミツバさんはボリボリとお煎餅というには赤すぎるものを頬張る。確かに食べている分には美味しそうに見えるが、食べているのが彼女だからそれを美味しく食べれるのだ。一般人が手を出していい代物じゃない。
「ねえ山崎さん。何でここにいたんですか?」
「こんな病院で娯楽もなかったら暇でしょ?話し相手にと。」
「話し相手はベッドの下から出てきません。」
ああ万事屋の旦那がバラさなければ今も俺はベッドの下だったさ。あんたを監視していたさ。
アホな弟を苦労して育てて、病気になって現在死にかけで、やっと結婚話を掴んで幸せになれると思ったら相手は攘夷浪士で、騙されて。俺はそんな人を監視して、幸せな勘違いをぶち壊す手助けをしている。騙されたことに気づかないまま死なせてやるのか、幸せを掴めないまま死なせてやるのか選択肢は二つだけでこの人の人生なんだったんだろうと頭の片隅で考える。
「...質問を変えます。山崎さん、貴方は今仕事中ですか?」
“だって雰囲気ピリピリしているんだもの”と彼女は微笑んで言う。
ほわほわしているくせに鋭い。そこらへんは沖田隊長にそっくりだ。
「...まあ真選組に休みは皆無ですからね。いつ攘夷浪士が現れるかわからないんでいつでも神経はっているんですよ。」
当たり障りのない返答をするが、内心俺は焦りで鼓動が早くなった。
彼女はどこまでわかっているのだろうか。
まさか全部わかっていて今まで婚約者に協力していたのだろうか。あんな姉溺愛の弟から組織の機密情報を得るのは容易い。その情報を婚約者に流していたとしたら?ミツバさんに限ってそんなことしないと信じたい、だがもしそうだとしたら俺は今彼女を攘夷浪士の一味として斬らなければならない。
ただ俺がこの人を斬ったら沖田隊長は俺を許さないだろう。何の迷いもなく俺を斬り棄てるだろう。そんなの真っ平ごめんだ。
それにどうせこの人にはもう時間なんか残されていない。俺が手をくださなくても、どうせ。
ああ、今俺最悪なこと考えた。
「大変ですね真選組は。そーちゃんからの手紙でも毎回書いてあるの。江戸の平和を守る為には休みなんて必要ないって。」
「ぶっっ!!」
「あらあら山崎さん、お茶もったいないですよ。」
俺の口元を優しく拭いてくれる彼女はやっぱりどこかお姉さんだった。ていうか何が江戸の平和だ、休みなんて必要ないだ。年がら年中休んでるだろう沖田隊長は。
「そーちゃんの手紙ね、色々書いてあるんです。近藤さんがまたフラれたこととか、江戸の流行り物とか、今日見た夢の話とか。だけどね、友達のことを書いた手紙をまだ見たことないの。」
「と、友達ですか。」
「私ね一回やってみたいことがあったんです。そーちゃんがお友達連れてきて私がお茶菓子を出して“ごゆっくり”と言うの。それで閉めた襖からはそーちゃんと友達の笑い声が聞こえてくるという光景。もうそーちゃんもそんな年頃じゃないけれど。」
「ミツバさん、それじゃ母親みたいじゃないですか。」
「ふふっもう姉というよりお母さんの方があっている感じがします。でも、見たかったなあ。そーちゃんのお友達。」
“いつか見れますよ”とか“見れたらいいですね”とかそんな未来を表す言葉を言ってはいけない。言う自分も、言われた方も現実に押し潰されそうになるから。ああもうあのドS馬鹿、3秒で性格直して友達作りに励め馬鹿。
「あ、良いこと思い付きました。山崎さん、そーちゃんとお友達になってください。」
名案だとばかりに微笑む彼女。
...今何と言いましたか。え、友達?俺と沖田隊長が?
無理無理無理無理胃に穴空く。
即座に断ろうとしたらミツバさんはそーちゃんと食べてねと激辛煎餅を差し出した。本当は一緒に食べているところ見たかったけど、という言葉も付け足して。
そんな儚げな姿に圧され俺は思わず煎餅を受け取ってしまった。もしかして今この瞬間沖田隊長の友達1号にミツバさんに認識されたのではないか。
それはまずいと煎餅を返そうとした時、携帯が鳴る。表示を見ると副長からで奴らが動き出したことを悟る。
「ミツバさん、すいませんがそろそろ仕事戻ります。」
「ええ、いってらっしゃい。」
結局俺は煎餅を返せないまま現場に向かった。
そしてこれが彼女と話せた最後の時間だった。
*
「こんなところでサボらないでくださいよ。隊服着てるんですから身元バレバレじゃないですか。」
副長命令で探しに来てみれば、沖田隊長は公園のベンチでお気に入りのアイマスクを着けながら寝転んでいた。こんなんだから税金泥棒とかいうレッテルを真選組ははられるんだ。
「サボりじゃねーよ。休憩。」
「休憩が一日の大部分占めるはずないでしょう。...何が江戸の平和を守る為には休みなんて必要ないですか。」
「...おい山崎。それどこで知った?」
「さあどこでしょうね。あ、小腹空きませんか?お煎餅あるんです。」
沖田隊長は煎餅にかじりついて相変わらず辛いなあと呟いた。
その隣で俺もかじるが思わす吐き出しそうになる辛さだった。
茶菓子選択ミスですよミツバさん、とお空に向けて呟いた。
END