これは世間一般における恋ばなか(山崎と沖田)
貴方のことを全部知りたい、わかっている等の台詞を言う奴は個人的に好ましくない。確かに綺麗な女に言われたら最高の殺し文句だという人もいるだろう。こんな俺だって綺麗な女は好きだ。
だが、ぶっちゃけ重い。
全部ってどこまでだよ?知ってどうするんだよ?という風に問い詰めたくなる。そう言われたら相手はどう答えるのかという興味はあるが、なにぶん地味な冴えない俺にそんなことを言ってくる女は残念ながらいない。欲しいな、と思わないわけではないが、必要というわけではない。どうやら俺は色々と枯れているようだ。
*
「何やっているんですか。」
我ながら見事に呆れています的な声か出たなと思った。いや、実際呆れているんたけれども。
呆れた対象、沖田隊長は平然と手を止めず副長の写真を細かく切っている。何か五寸釘で打たれているより精神的ダメージが大きい気がするのは俺だけか。
「これを土方さんの部屋に撒き散らすだけでさァ。」
「女子みたいなねちっこい嫌がらせしないでくださいよ。どうせ片付け命じられるの俺なんですから。」
「ご苦労さん」
「苦労ってわかっているならしないでください。」
「だって俺苦労しないし。」
一瞬だけイラッとするが、仮にも上司。立場は俺は下、向こうが上。口答えなんか出来ない。どうせしても無駄なんだろうけど。
結構長いことこの人と過ごしているが、何も変わらないなあと思う。相変わらずの局長馬鹿で手段を選ばない。頭の中9割局長1割その他な気がする。単純過ぎてある意味清々しい。
ああ、この人こそ
「全部知りたい人間か。」
「大きい一人言だな、山崎。」
あ、口に出してしまった。
「いや、一人言なんで気にしないでください。」
「お前の一人言とか興味ないけど、俺のこと見ながら言ったろ。めっちゃ目があったし。で、全部知りたい人間って何それ?」
「....一途な人間ということですよ。」
「何かすんごい省略されてね?いい部分だけ抜粋してるだろ。」
普段は憎らしいほど察することができないKY人間なのに変なところで察しがいい。ああそこは立派に局長から受け継がれている。
しかし困った。ここで正直にあんたは局長大好き人間で彼のこと全部知っていたい重たい人間だと言ってみろ。このドSのことだ。俺は吊し上げられる。
「....なあ山崎は“全部知りたい人間”なわけ?」
「はい?」
「参考までに。で、どっち?知りたいか、知りたくないか。」
この質問の意図は何だとすぐに頭を回転させる。多分俺の答えを聞いて“全部知りたい人間”がどんなものかを判断するつもりなんだろう。だから言葉は多く語らずにさっさと会話を終了させた方がいい。
だがいざ考えると俺がどちら側の人間なのだろうか。重たいなどと言ってきたが監察方の人間としては知れるところまで知っておきたいという気持ちはある。だが、これは仕事であって今回はプライベートでのことだ。
恋人が出来たとして俺はその人のことを全部知りたいと思えるのだろうか。仮定話を想像するが残念ながらそこまで探求心は湧かない。ある程度必要な情報があったらいいと思う。好物、特技、それらの情報があったらある程度会話が成立するだろう。うん、俺は
「“全部知る必要性を感じられない人間”みたいです。」
「....で、俺は山崎曰く“全部知りたい人間”であり一途な人間なわけね。」
わかっているのかわかっていないのか沖田隊長はうんうんと頷いている。相変わらず何考えているかわからない。
もう会話は終わったし立ち去ろう。これ以上ここにいたら何か言われそうだし。失礼しますと、声をかけると沖田隊長は副長の写真を切り刻む作業を再開させたらしくもう俺の声は聞こえてないらしい。なんというマイペース。ならこっちだって勝手に去るだけだと襖に手をかけた。
「なあ山崎。俺は“全部知りたい”じゃなくて“全部手にいれたい”んでさァ。」
一途というところは否定しないけど、と沖田隊長はにんまりと笑った。
ああ、わかっていたのかこの人は。自覚ありな分余計たちが悪いじゃないか。
「いつかそう思える相手が現れるといいなァ、山崎。まあ当分無理そうたけど。」
「誰かさんが面倒事を起こさなければ相手を見つける暇もあるんでしょうけどね。」
「土方さんみたいな駄目上司を持つと大変ですねィ。」
「何幸せな勘違いしているんですか。」
悪態をつきながら、当分はそんな暇なくてもいいやと思った。
END