遠回りな私達




海←ルキ(→)←イチ注意
















“代わりでいいから”



そう彼は言って、私はその甘い誘惑の言葉に同意した。
それは彼を酷く傷つけることをわかっていながら。


そうだ、私は彼の好意を利用したんだ。














「海燕殿」





その名前を呟き、彼を抱きしめる。彼は何も言わずに私を抱きしめ返す。

会話なんてない。だって会話なんてしたらわかってしまうから。この男は一護だと、海燕殿ではないということが。
普段だったら好ましい彼のシンボルだとも言えるオレンジ髪も視界にいれないようにして、この時は私は一護を否定する。


彼は今“海燕殿”なのだから。




なんて最低な女なんだろうと思うが、この暖かさを私は手放せない。

















「本当に一護君は海燕によく似ているね。」






定期報告に隊舎に訪れて、浮竹隊長と世間話をしていたらそう言われ、危うく湯呑みを落としてしまうところだった。








「はい、見た目は。だけど一護の方が落ち着きがなく、無鉄砲です。」

「あはは、厳しいね。」






いや、根本的な部分は似ている。だからこそ、この関係があるんだ。だけど私は浮竹隊長には自分の狡さを隠したくてあえて否定した。







「だけど付き合っているのだろう?」






ゴトっと湯呑みを落とした音が部屋に響く。
私にそれほどの衝撃を与えた張本人は、“中身が空で良かったなー”といつも通りにのんびりと言う。







「あ、あの隊長。お言葉ですが私と一護はそういう関係ではありません。」

「別に隠さなくてもいいんだよ。最初は一護君の片想いかなと思っていたけど、最近朽木が彼を見る目が柔らかくなったというか、うん、好きな人を見る目だと思ったんだよ。」








好きな人?
私が一護を見る目が?



あり得ない!

即座に頭で否定する。
そうだ、一護を海燕殿として見るからだ。代わりにしているからだ。





私は昔から海燕殿を親愛していて、今も変わらないんだ。忘れてはならない罪を犯したんだ。

だから私はずっと海燕殿を想って生きていかなければならない。









「朽木?」

「あ、すみません。とにかく一護と私は関係ありません。」

「やはり一護君だと海燕のことを思い出してしまうかい?」






その質問に私は答えられなかった。

思い出すではない。海燕殿はずっと私の中にいるのだから。















「浮竹さん元気だったか?」

「隊長とお呼びしろ。失礼であろう、たわけ。」

「別に俺は護挺十三番隊じゃねーもん。」





ああ言えばこう言う。本当餓鬼。やはりこういう処は海燕殿の方が大人だ。

....考えるだけ馬鹿らしいか。比べたって二人は別人なんだから。別人だからこそ“代わり”といえる。








「なあ。」





そう一声かけただけで彼は感じ取って私を抱き止める。





暖かい。そして泣きそうになる。





海燕殿には都殿がいた。
抱き締められる関係ではなかった。

なのに今、抱き締められている暖かさを一護を使って感じている。



可笑しくないかと自分でも思う。わかっている、ただの自己満足だ。


私は海燕殿の暖かさなんか知らないのにな。








ならこの暖かさは何なんだ?

自分が海燕殿にこうされたいという欲望か?それとも別のモノか?

なんとなくその別のモノを想像したくない。想像なんかしたら全てが崩れる予感がする。






“好きな人を見る目だと思ったんだよ。”






一瞬だけ、浮竹隊長の言葉が過った。












「一護」











一護が私を抱き締める腕が緩まった。






....私は今何て言った?


海燕殿じゃなくて一護と呼ばなかったか?
一度腕が緩まったが、再度強まり一護は私に問いかける。





「ルキア、今俺の名前を呼んだよな?海燕さんじゃなくて俺を。」

「ち、違う!違う!私はお前を求めてなんかいない!
私は海燕殿を想い続けなければいけないんだ。海燕殿を求めているんだ。お前なんかじゃない!」





想い続けなければいけない寂しさから温もりを求めただけだ

顔が似ているだけだ




私は彼を傷付ける言葉を投げ掛ける。


なのに一護は抱き締める手を緩めず、穏やかな声でこう言った。







“言い訳はもういいか?”







「あのさ、“想い続けなきゃいけない”ってそんな義務感で想われて海燕さん嬉しいわけ?」

「なら貴様は忘れろと言うのか?私は海燕殿を殺したのに、忘れて無責任に生きろというのか?」

「そうは言ってねーよ。何でお前そんな極端なわけ?“想い続ける”か“忘れる”かだけじゃなくて他の選択肢を考えろ。

“俺と一緒に背負う”とかさ。俺も一緒に海燕さんのこと覚えていてやる。だから、背負わせろ。」










一護はいつもの自信ありげな笑みで笑う。




ああ、そうか。この暖かさは一護だ。
海燕殿の代わりの暖かさではない。一護自身の暖かさだったんだ。


暖かいのは好きな人に抱きしめられていたからだったんだ。











「もうさ、代わりは限界なんだ。俺は一護だ。俺自身でお前の側にいたい。」

「ああ。」

「お前が好きだ。」

「...ああ。」










私は彼の名前を呼ぶ。
彼が私に答える。


そんな当たり前の幸せを遠回りしたけどやっと掴んだんだ。


END

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テーマ「人外ファンタジー」
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