ライバル宣言
*過去捏造
最近近藤さんが野垂れ死にかけていた奴を拾ってきた。
それからニコニコと“トシ”とか呼んで凄く楽しそうだ。相手はかなりのしかめっ面だけど満更でもないみたいだ。
でもその分、俺に向けてくれる視線が減った。あの優しい視線は俺だけのものだったのに。
本当あのまま野垂れ死んでればよかったのに。
*
「沖田“先輩”、稽古の時間ス。」
こいつ拾われて1ヶ月。こいつは俺に対して嫌みったらしい敬語だ。先輩と思ってないだろう、ムカつく。
「あら、いつもお迎えありがとうね。」
それにもう一人の視線を奪っていきやがった。
姉上はこいつに会えたら凄く嬉しそうだ。
本当どれだけ奪いとれば気がすむんだ。
俺の世界は姉上と近藤さんだけでいいのに。
「近藤さんが待ってるッスよ」
「な、何すんだこのやろう!」
首ねっこを捕まえられて、稽古場まで連行される。姉上がほほえんで見送ってくる。屈辱すぎる。
片腕一本で俺を持ち上げるこいつを見て余計イラついた。
自分の小ささもイラついた。
*
「挨拶が“死ね土方”だぜ?本当あのくそ餓鬼根性ひねくれてやがる。」
「トシがミツバさんと仲良いからだろ。総悟はミツバさん大好きだからな。」
アイツは稽古が終わった瞬間駆け出して家に帰っていった。どれくらい姉ちゃん好きなんだシスコンめ。
俺がここに来てから結構経ったが相変わらず俺たちは険悪で、俺も皮肉を交えて“先輩”と呼んだり、悪くなる一方だ。
「あっいたいた!近藤さん、十四郎さん。そーちゃん知らない?」
「ミツバさん!総悟ならとっくに帰ったけど、あれ?まさか帰ってない?」
「ええ...。」
弟とは似ても似つかない彼女が珍しく慌てている。
稽古が終わって結構な時間が経ってんぞ。
「よし!トシ探すぞ!辺りも暗いし総悟に何かあったらいかん!」
「え、アイツのことだから....」
「二人共お願いしますね!私もこの辺りを探してみます。」
“無事だろ”と言おうとしたがキラキラと純粋な瞳の二人の雰囲気に遮られた。
本当どれだけ面倒かければ気が済むんだくそ餓鬼め。
*
少しヘマをした。
いやかなりヘマをした。
俺がいるのは村一番高い木のてっぺん。人間登るのは簡単だけど降りるのは難しい。
あーあこの時間だと姉上が心配しているだろうな。
俺だって何も理由なしにこんな木に登ったりしない。この木のてっぺんの枝に姉上が最近、風に飛ばされてしまったハンカチが引っ掛かっていたから。
んであの野郎よりずっと高いこの木に登って最近の憂さ晴らしをしたかったから。だけど登ったって全然憂さ晴らしになんかならない。むしろ降りれない哀れな自分を演出しただけだった。
たぶん姉上か近藤さんが探しに来るだろう。だからずっとこのままだとかいう不安なんかない。だけどこんなカッコ悪い自分を見られて“まだまだ子供”と言われるのが嫌だった。
「....おい、こんなとこで何やってる....スか?」
取って付けたように敬語を話すその声は俺が一番大嫌いで、今一番聞きたくないものだった。
「....景色見てるんでさァ。」
「ならさっさと降りてください。近藤さんと沖田先輩のおねーさんが心配しているんで。」
*
まぁ適当に探すかと思って彷徨いていたら、木の上に見慣れた姿があった。
何をやっているんだ、あの糞餓鬼は。
話しかけたら奴は苦虫を踏み潰したような顔で見下ろしてきた。
見下ろされることに違和感を感じる。そういえばいつも見下ろす側だっけ。
明らかに降りられなくなっているくせに意地をはる。それほど俺に助けられるのが屈辱的か?
だけど不本意ながら一番最初に見つけたからにはコイツを姉の所に届けなければならない。
面倒だが。
「いい加減にしろ。こうやってる間にもてめーのねーちゃんは心配してんだよ。」
こいつは“ねーちゃん”という言葉に反応して少し怯んだ。
まぁ大人しくなったから良しとしよう。溜め息をつきながらアイツのいる所に登ろうと枝に手をかけた瞬間、木が震えた。
上を向くとアイツがさっきの場所におらず、俺に向かって落ちてきた。
*
ただの意地だ。これは。
アイツに助けてもらうなんてまっぴらごめん。だけどこれ以上姉上に心配をかけたくない。
まぁ落ちて怪我する方が心配するか。それか怪我をした自分を見せて餓鬼一人護れない土方の力不足をアピールしてやろうか。怪我の巧妙?
待ち望んだ地上にたどり着いた。だけど思っていたほど衝撃はない。地面ではなく土方が俺の下敷きになっていたから。
「いきなり落ちてくんなバカ!!」
「....踏みつけられる趣味でもあるんですかィ?」
「あるかボケええ!!」
結果的に助けられてしまった。どれだけ邪魔すれば気が済むんだ。
苛つく気持ちをぶつけようと口を開こうとするが、姉上と近藤さんがこっちに向かって走ってくるから止めた。
「そーちゃん!やっと見つけた!」
「総悟心配したんだぞ!」
二人して俺を抱きしめる。
あっ久しぶりだこの感覚。土方が来てからはこの視線を独り占めできなかったから。
「....ごめんなさい。」
素直に謝る。そして握りしめていたハンカチを姉上に渡すともう一回抱きしめてくれた。
「十四郎さんもありがとう。そーちゃんを見つけてくれて。ほらそーちゃん、お礼は?」
「....アリガトウゴザイマシタ。」
「ドウイタシマシテ。」
棒読みの俺に棒読みで返す。その様子を気付かないのか姉上はニコニコしていた。
暗い中の帰り道、近藤さんが皆でご飯を食べて帰ろうと行って飯屋に向かう。
一歩下がって歩くアイツの少し前を歩き、俺は前の二人に聞こえないように話しかけた。
「おい。」
「なんですか?先輩。」
「俺はお前が嫌いだ。助けられたのも気分が悪いだけでさァ。」
「そっスか。」
「助けられた奴にうざい敬語使われるのも気分が悪い。」
“だから敬語はいらない”
助けるなんて強い奴が弱い奴にすることで、助けられるなんて弱い奴なんだ。
不本意ながら助けられた自分はコイツより弱い人間。
だから敬語なんかいらない。
だけど自分は追い抜かす。二人の視線を取り戻すために。
それまでこの関係を続けてやろう。
END