にーちゃん




*過去捏造














「ほら、抱いてごらん?」



そう言って母親は俺に赤ん坊を渡した。どうやらこれが俺の妹らしい。

抱いた瞬間あまりにも頼りなくてびっくりした。少し力を加えたら殺してしまいそう、それが俺の妹に対する感想。





「お兄ちゃん、しっかりね。」




ミルクの香りが鼻を霞めながら母親の言葉を小さな俺は聞いた。















「にーちゃん!どこいくアルか!?」





妹はどこに行くにしても必ず俺の後ろを小さな足で着いてきた。
そして俺はいつもより少しだけゆっくり歩く。あくまで少しだけだけど。


パタパタと俺の足に捕まってくる。“つかまえた!”と嬉しそうに笑ってくる。俺も兄らしく“つかまった”と笑い返す。






今思えばこの頃が一番普通の兄妹らしかった。




そしてこの頃から母親の具合が格段に悪くなって、父親は家を空けることが多くなった。


父親に苛立ちを感じ始めたのもこの頃だった。














それからすぐに母親が死んだ。俺は初めて人の死と出会った。もちろん妹も。






「にーちゃん、マミーはどうしてうごかないアルか?」

「死んだからだよ。」

「もうかぐらをだきしめてくれないの?おはなしできないの?」

「死んだらそんなことできないよ。」







どんなに母親が死んだ事実を突きつけても質問ばっかりの妹。幼い心のせいか、それとも夜兎という種族が死を深く考えないせいか。

いつになったらこの質問が終わるのか、そればかりを考えた。














母親が死んでから父親はますます帰ってこなくなった。

お金だけは置いていくけど俺はアイツの金なんて使いたくなかった。














辺り一面に血が広がる。





死体から持っているだけの金を奪い取る。


この死体はさっきまでやめてくれと震えていたっけ。



だけどお腹をすかしている妹が待っているんだ。ほら、お前は弱いんだから生きていても仕方がないだろう?お前の死で俺達、強い奴が生かされるんだ。お前にとって本望だろう?弱肉強食が世の中の決まりだろう?


何より血の匂いを嗅ぐと癒されていく気がした。ああこれが夜兎の本能なのか。

もういつ初めて人を殺したのか思い出せなくなっていた。



















「にーちゃん、おかえり!」


帰った瞬間駆けよってくる妹。よほどお腹をすかしていたのか買って帰ってきたメシに食らいつく。



殺して手に入れたことを知ったならコイツは食べるのをとどまるのだろうか?








「ねぇ、にーちゃん」

「ん?」

「にーちゃんから嫌な匂いがするアル!」







嫌な匂い?一瞬何を言っているかわからなかったが、血の匂いだとわかる。



血の匂いが嫌な匂い?何を言っているんだ、コイツは。






「にーちゃんは結構好きだけどね。」

「嫌!嫌な匂いアル!」

「神楽も大きくなったらわかるよ。」




だって夜兎だから。
俺の妹だから。

人を殺すことが抑えきれなくなっていくんだ。















俺は必然的に家を空けることが多くなった。夜王と呼ばれる鳳仙に会ってから夜兎的な意味で満たされる毎日だったから。

たまに帰って妹の顔を見てまた血の世界に足を踏み入れる。その繰り返し。







1ヶ月ぶりに妹を見に帰ったら、大泣きしながらその手には潰れたうさぎを抱いていた。



殺してしまったと、死んでしまったと涙を流す。




やっとわかったんだと思った。
死を、殺すことを



だけど妹は泣いている。殺して泣いている。



人としては正しいことなのかもしれない。

だけど夜兎としては正しくない。

夜兎は殺してからこそなんだ。



だから俺は慰めなかった。“この感触を覚えてときな”とだけ言った。


















そして数ヶ月後に久しぶりに帰ったら父親がいた。


元気にしてたかって?冗談じゃない。今さら父親顔か?イライラする。





気付いたら父親の腕をふっ飛ばしていた。


“親殺し”という夜兎の風習を俺はしようとしていた。











だけど海坊主と呼ばれる化け物を殺すのは一筋縄にはいかない。血を流しすぎたのか意識が朦朧としてくる。朦朧とした意識の中父親が俺に止めを刺そうとしているのだけはわかった。


家族もへったくれもない、これが夜兎族。








「パピー!!」







妹の叫び声を聞いて俺は意識を失った。
















父親は俺を殺せなかった、妹によって我に返ったから。

だけど家族が壊れた事実は変えられない。












「にーちゃん!どこ行くアルか!?」






小さなときみたいに俺の後を着いてくる妹。
だけど今度は歩く速度を変えてあげない。






「もう、帰ってこないアルか?」





今にも泣きそうな顔で聞かれる。ああ小さいながらにもわかっているんだ。もう帰ってこないって。





だって俺が帰る場所は戦場だから。家族のところではないから。


家族に捕らわれてるような弱い奴等に興味ないから。







「弱い奴に用はないよ」



















「団長」

「....阿伏兎?」

「よーく寝てたみたいだな。人が話してる時にこんちきしょー。」

「ごめんごめん。で、何の話だっけ?」

「吉原のことだ。上から指示出てんの知ってるだろ?」

「ああ、そうだったね。楽しみだな。」

「あんたが楽しみってろくなことがなさそうだ。」








時計を見ると結構な時間寝ていたようだ。
久しぶりに昔の夢を見た。妹は今どうしているだろうか?あれだけ弱かったら死んでいるだろうな。

でももし生きてたら?







「面白い、ね。」






強くなっていたら俺が潰してやろう。そして夜兎の血というのを教えてあげよう。

それが“にーちゃん”だから。


END

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