ハイキュー!! | ナノ






バレー部の一年でお祭りに行こうと言いだしたのは、仁花ちゃんと日向くんだ。影山くんは日向くんの挑発に乗り、山口くんは普通に賛成の意を示す。
問題は、蛍くん。
「行かない」という蛍くんの言葉は悉く無視され(言おうとする度に日向くんや影山くんの言葉にかき消されるのだ)、待ち合わせの時刻と場所を確認すると一時解散になってしまった。

「蛍くん…お祭り、行かないの…?」
「光璃はどうするの」
「私は…仁花ちゃんと浴衣を着ていく約束をしたから、その…」
「……そう」
「…うん…」
「…」
「…」

眉一つ動かさない蛍くんからは、何を考えているのか全く読み取れない。
そして殆ど会話のないまま、私の家の前まで来てしまった。

「…じゃあ、送ってくれてありがとね、蛍くん」
「……ここで待ってなよ。迎えに来るから」
「え、?」

くるりと進行方向を変えた蛍くんは、私がその言葉に驚いて振り向く頃には既に離れた場所を歩いていた。
…お祭り…蛍くんも来るのかな…?


     *     *     *


家の前まで迎えに来てくれた蛍くん。

「…外で待ってたの?家の中にいればいいのに」

予想はしていたけれど…私を見て発した第一声は浴衣の感想なんかじゃなかった。
まあ、蛍くんだしね。うん。期待はしてないよ。
と、思ったけれど。

「…馬子にも衣装、だね」
「…褒め言葉として受け取っていいの?」
「…わざわざ言わせるの?」

…質問をしたら質問で返ってきたのは腑に落ちないけれど。ムッとした顔でこっちを見た蛍くんの耳が少し赤くなっていたから、あれが彼の精一杯なのだと思おう。

「光璃ちゃん、かわいい!」
「仁花ちゃんだって可愛いよ〜!」
「女子の浴衣姿って華やかだよね、ツッキー!」
「うるさい山口」
「影山!金魚すくいで勝負だ!」
「あっ待てコラ日向ボゲェ!!」

カラコロと軽い音を立てながらゆっくり歩く、私と仁花ちゃん。
いつも通りな山口くんと、早くもげんなりしている蛍くん。
日向くんが跳ねるように駆けて行き、そのあとを影山くんが怒鳴りながら追って行く。
…辺りはもう暗闇に包まれつつあった。けれど、カラフルな提灯や屋台の電飾で、足元への注意はさほど必要ない。
走って行ってしまった二人の姿は、あっという間に人ごみの奥へと消えてしまった。

「元気だね〜」
「小学生並み…」

私が笑うと、蛍くんは冷めた目で二人の消えた方を見ながら呟く。

「ね、かき氷食べよう!」

暑いし、と私が提案すれば「いいよ」と言って辺りをぐるりと見回す蛍くん。

「…あった。かき氷、こっち」

かき氷の屋台を探してくれたらしい。
私の手を取って目的の方向へ一直線な蛍くん。
…何気なく取られた手から、私のドキドキが伝わりませんように…。

「…仁花ちゃん、私たちかき氷買って来るけど………あれ?仁花ちゃんは?」
「山口もいない…。はぐれたみたいだね」
「大変!探さなきゃ…えっと、」
「…もしもし、山口?……うん、そう。……分かった」
「?」

私がオロオロと周囲を見回している間、蛍くんは私と繋いだ手はしっかりと握ったまま、もう片方の手で誰かと電話をしていた。

「谷地さんと山口、一緒にいるって。日向たちもどこ行ったか分かんないし、今日はもう自由行動にしないかって」
「えー……うーん…仁花ちゃんが、それでいいなら…」
「谷地さんがそう提案したみたいだよ」
「そういうことなら……うん、」
「じゃ、とりあえずかき氷、買いに行こう」

来て30分もしないうちに皆とはぐれてしまったのは少し残念だけど…ポジティブに考えれば蛍くんと二人で夏祭りデート、ということになる。

「光璃、何味?」
「んー…ブルーハワイ」
「僕、いちごで」

…相変わらず、蛍くんの味の趣味はちょっと可愛い。
普段の性格がああだから、味の好みが余計に浮いて思える。

「あー、冷たいの美味しー」

屋台のおじさんから受け取ったかき氷をシャクシャク食べて、更に人ごみの中を歩いていく。

「光璃、あんまりフラフラしないで、ちゃんと僕の手握っててよね」
「あ、わたあめ!蛍くん、わたあめ食べたい!」
「ちょっと、人の話聞いてる!?」


     *     *     *


クレープ、りんご飴、チョコバナナ、ミニパフェ、ラスク、チュロス、タピオカジュース、ラムネ…多分、このお祭り会場にある甘いものは全部制覇したと思う。
蛍くんは途中から眉間に皺を寄せていたけれど、一通り一緒に食べてくれた。
途中、「甘いのばっかりで飽きた」という蛍くんの言葉で焼きそばやたこ焼きも食べたけど。

「はー…お腹いっぱい…」
「ほんと、よく入るね…」

花火があと少しで始まる所為か、人は一気に少なくなった。
もっと見晴らしのいいところ、と皆が同じことを考えるのだろう。

「人が少なくなったら、ここでも十分見れそうだね、花火」
「花火見たら、帰る?」
「うん。いっぱい食べたし」
「…食いしんぼ…」
「蛍くん、何か言った?」
「ナンデモナーイ」

蛍くんの口から聞き捨てならない言葉が出てきたような気がしたんだけど…。
私がじーっと蛍くんを見つめると、蛍くんはわざとらしくにやりと笑った。
その時…。
…真っ暗だった空が、紅く染まる。――大きな赤い花火が、始まりを告げる一発目として打ち上げられた。

「わー…」
「…やっぱり少し遠いね。もっと近づいた方が良かったんじゃない?」
「ううん……実は…花火の大きい音、その……怖い、から…」

蛍くんと繋いでいる手に少し力を込めてそう言うと、蛍くんが意外そうな顔でこっちを見た。

「…光璃にも怖いものとかあるんだ」
「それはどういう意味ですか、月島くん」

ムッとして見上げると、「冗談、」と蛍くんは笑いながら言う。

「ねえ、その恐怖症、治してあげようか」
「え、どうやって…?」
「こうやって」
「…んっ」

いつもの、少し意地悪な笑みを浮かべた蛍くんの顔が一気に近付いて来て、私と彼の唇が合わさった。

「んんっ…」

頭と腰に回された手に気を取られているうちに、私は蛍くんの舌の侵入を許してしまう。
ドンッドドンッと絶え間なく響く花火の音が、少し遠くに感じた。

「…っは、」
「…っ、今度からさ、花火の時は僕にキスされると思いなよ」

そしたら怖くないデショ。
離れていった唇がそう言葉を紡ぐのを、私はぼんやりと見つめることしかできなかった。
ふっと笑った蛍くんは、そんな私の頭をあやすようにポンポンと撫でて花火を見上げる。

「……さっき散々甘いもの食べたけど…」
「…?」

空を見上げたまま、蛍くんは呟くように言った。

「―――」
「…っ//」

…蛍くんの頬が赤いのはきっと、花火の所為じゃない…。



(…何という荒療治)
(何言ってんだろ、僕…)



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