ハイキュー!! | ナノ
3
「………」
「…目、覚めた?」
…目が覚めたら、保健室のベッドで寝ていた。
目を開けてすぐ視界に入って来たその人は、幾らか普段より和らげた声と表情で私を見る。
「…蛍、くん…」
「!……貧血と寝不足だって。今は休んでて。後で迎えに来るから」
「…うん…ありがとう…」
「…別に」
私が名前を呼ぶと、少し驚いたような表情をしたのは、何故だろう。
蛍くんは私がお礼を言うと、そっけない返事をして出ていってしまった。
――“貧血と寝不足だって”――
頭の中で蛍くんの言葉が繰り返される。
そう言えば、ここ最近はちゃんとした食事も睡眠もとれていなかったかも。ずっと考え込んでて、頭の中は蛍くんのことでいっぱいで…。
菅原先輩も「顔色が悪い」みたいなこと言ってたし…。
でも。さっきの蛍くん…全然怒っているように見えなかったな…。
そこまで考えた所で、誰かが保健室に入って来たのをカーテン越しに感じた。
「…篠原さん、寝てる?入っていい?」
「山口くん…?どうぞ、」
カーテンを揺らして入って来たのは、ジャージ姿の山口くん。
…何だか思いつめた顔をしている。
「どうしたの?部活は…?」
「部活は、もう終わるとこ。キャプテンに言って、抜けさせてもらってきた。篠原さんに話があるからって…」
「私に、話…?」
何だろう、と首を傾げると、山口くんは小さく頷き…
ガバッ
「お願い!ツッキーのこと嫌わないで…!!」
「え、ちょ、山口くん!?」
勢いよく頭を下げた山口くん。その角度は、先輩や先生にするのと同じか、それよりも低い。…これ、どうすればいいんだろう…。
「ま、待って!私は別に、蛍くんを嫌いになった訳じゃ……むしろ、蛍くんの方こそ、私のことまだ怒ってない…?」
恐る恐る、山口くんにそう言うと、山口くんは「え?」という顔をした。
「私、調子に乗って勝手にマネージャーになって、蛍くんはあれからずっと怒ってるものだと…」
「…ツッキーは、」
すっかり先ほどまでの勢いが消え、いつもの雰囲気に戻った山口くん。…何か少しほっとする。
「…篠原さんが他の人と仲良くなるのが嫌だったんだと思うよ。今までは見学してるか、少し手伝うくらいだったけど…正式にマネージャーになったら、他の人たちとの関わりも増える。ツッキーはそれが嫌だったんじゃないのかな。あと、照れ隠し」
「て、照れ隠し!?あんなに怖かったのに!?」
「じゃなきゃ、篠原さんが倒れた時にあそこまで焦ったりしないよ」
苦笑する山口くんは、私が倒れた時に蛍くんがびっくりするくらい大きな声で私を呼んだことと、ここまで私を抱きかかえて運んでくれたことを教えてくれた。
蛍くんへの誤解を解いてくれた山口くんは、「まだ片付けがあるから」と体育館に戻っていく。
それから10分も経たないうちに、着替えを済ませ自分のと私の鞄を持った蛍くんが入って来た。
「…歩ける?」
「うん。もう大丈夫」
にっこり笑って見せたけれど、私の鞄を返してはくれなかった。
* * *
…お互い無言のまま、ゆっくりと歩く。
私は肩の荷も下りてすっきりしているけれど、蛍くんは何か言いたげにソワソワしていた。…ソワソワっていってもすごく微妙だから、蛍くんをよく知っていないと分からない。
「……ごめん」
「Σ!?」
突然蛍くんが謝るので、私は思わず足を止め蛍くんを振り向いてしまった。
蛍くんもつられて足を止めるけれど、視線は地面に落とされたまま、私の方を見る気配は無い。
「本当は、光璃が入って来てくれて嬉しかった。けど…それと同時に光璃が僕だけのものじゃなくなるみたいで嫌だったんだ。それでつい、あんな言い方して…。倒れるくらい追い詰めて、ごめん。
…本当は、次の日に謝ろうと思ったんだけど…光璃は僕のこと避けるし、呼び方は“月島くん”に戻ってるし…嫌われたのかもしれないと思って、」
「ちっ違うの!あれはただ…余裕がなくてつい、慣れてた方で呼んじゃっただけで…。私こそ、勘違いで避けててごめんねっ」
私が不安でいっぱいだったとき、蛍くんもまた、不安だったんだ。
そう思ったら、申し訳なくなってくる。けど同時に、安心もあった。
…もっと早く、ちゃんと向き合っていればよかったんだ。そしたら、もっと早く仲直りできてた。悩む必要も、不安になることもなかったのに。
「謝んないでよ。僕が悪かったんだから」
「でも、私も蛍くん困らせてた」
「元はと云えば僕の所為デショ」
「でも私も何の相談もしなかったし…」
「光璃は悪くない」
有無を言わせない口調の蛍くんに、ぐっと言葉を詰まらせた私は、そうだ!と閃いた。
「…じゃあ、一つ約束してくれる?」
「なにを?」
「蛍くんも、少しずつでいいから思ったことはちゃんと言うこと!」
「…努力します」
二、素直になること
(私たち、まだまだ子供だね)
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