泣き虫な君と約束を | ナノ

線香花火とひと夏の恋

「…ふっ…うぅ…っ、…」
「篠原さん…?」
「!…山口くん、」

…やだ、変なとこ見られちゃった。
誰にも見つからないように、体育館の陰にいたのに。

「な、泣いてるの!?え、あ、ツッキー呼ぶ!?えっと、ティッシュ…!!」
「大丈夫…ありがとう山口くん。…ちょっと、付き合ってくれる…?」
「う、うん」

山口くんは困惑顔のまま、私の隣に座る。
私は膝を抱えて体育館の壁に背中を預けた。

「……この間は、蛍くんのこと教えてくれてありがとう。それと、さっきの山口くんかっこよかったよ」
「え、みっ見てたの!?」
「うん、ちょっとだけどね。…蛍くんに掴みかかる人、初めて見た」

クスッと笑えば、山口くんは気恥ずかしそうにポリポリと頬を掻く。

「…山口くんは羨ましいな」
「えっ」
「私は結局、何一つ蛍くんの役に立てなかった。仁花ちゃんに背中押されて飛び出したのに、何も出来ないままこんな所で一人で泣いて…本当、カッコ悪いよね…」

体育館から飛び出したのは、居ても立ってもいられなかったから。
蛍くんに会わずに引き返したのは、悟ったから。私は何も出来なかったのだと。蛍くんは、山口くんの言葉によって変わったのだと。
その証拠に、あの時の蛍くんは…笑っていた。
顔を俯けていたけれど、私にははっきり見えた。そして、顔を上げた蛍くんの目は、どこか真っ直ぐだったから。

「………俺は篠原さんの方が羨ましいよ」
「…?」
「…ツッキーは何に対しても冷めた態度を取っていたけど、篠原さんのことになると必死だったから。篠原さんは、ツッキーの傍にいるだけで、ツッキーの役に立っていたと思うよ」
「……そう、だといいけど」
「……ツッキーに口止めされてたんだけど…篠原さん、中学の頃はよく色んな人に告白されてなかった?」
「えっ……うーん…多分?」

どこか罰が悪そうな、秘密の話をする子供のような顔をした山口くんの口から出てきた予想外の言葉に、一瞬反応が遅れる。…蛍くんに口止め…?

「高校に入ってからは、一度も告白されてないでしょ」
「うん。皆、私と蛍くんが付き合ってるの知ってるだろうし」
「それもあるだろうけど、自信のある奴はきっと、奪ってでもって告白してくると思うよ」
「…まさか。私、そんなに魅力的な人じゃないよ」

ふふっと私は笑ったけれど、山口くんは真剣な顔をした。

「…本当だよ。ツッキーがその都度、芽を摘んでるんだ。篠原さんに気がありそうな奴に、睨みをきかせてる。篠原さんのことになると、本当に余裕ないんだよ、ツッキー」

…そういえば、思い当たる節があるかもしれない。
親しげに話し掛けてきてちょっと鬱陶しいなと思っていたら、ある日を境にぱたりと話し掛けて来なくなり、私を目が合うと青い顔をして慌てて目を逸らす人が、たまに出てくるのだ。
…あれは、そういうことだったのか。

「…ツッキーなら、第三体育館だよ」
「!…うん、ありがとう、山口くん」

…今度こそ、蛍くんに伝えよう。
役に立つとか立たないとか、そんなことはどうでもよかったんだ。相手を想っていれば、それで。


   *   *   *   *   *


「お、子猫ちゃん。ツッキーに用事?」

第三体育館に着くや否や、すぐに黒尾さんに見つかり声をかけられた。

「あ、えっと…あの…」
「そんなに警戒しなくても、取って食ったりしないって。…ツッキー、彼女来てんぞ」
「ちょっΣ」

大きな声でそんなこと言わないで欲しい。
蛍くんも変な呼び出され方が嫌だったのか、ムスッとして出てきた。
怒っているのか、会話を他の人に聞かれたくないだけなのか、蛍くんは無言でスタスタと歩いていくので、私は慌てて後を追う。
蛍くんは少し早めに歩いているだけのつもりかもしれないけど、足の長さが違う所為で私は駆け足でなければ付いて行けない。
だから、

「…!?あぅっ」

…急に止まられると、蛍くんの背中に顔面から勢いよく突っ込んでしまう。

「…蛍くん…鼻痛い…」

若干涙目になってそう訴えると、蛍くんは「やれやれ」とでも言いたげな顔をしながらも、私の鼻をそっと撫でてくれた。

「…で、何か用?」
「あ、うん。えっと…この間は、変なこと言ってごめんね。蛍くんは蛍くんなのに私、他の人と比べて蛍くんに嫌なこと言っちゃって…。…でも、後悔はしてないよ」
「…そう」
「私、蛍くんがバレー上手なの知ってる。バレーが嫌いじゃないことも。だから、悔しかった。他の人にもったいないって言われたり、皆と一緒に進化していけない蛍くんが。
…私は…一生懸命なんて、なったことないよ…。でも、こういうことなんだなっていうのは分かる。日向くんたちを見て、初めて分かったけど…。
蛍くんに、あんな風に熱血になって欲しいわけじゃないよ。…ただ、」
「…もう、いいよ。ごめん。僕の方が、酷いこと言ったのに。…今はまだ、よく分かんないケド。でも、僕もちゃんと、“ハマる瞬間”を探すから。だから…そんな顔しないでよ」

私の言葉を途中で止めた蛍くんは、私の鼻にあった手を上へずらし、優しく私の眦を撫でた。

「…僕もちゃんと…進化、するから。見てて、光璃」
「…うん…っ」

[ 8/10 ]


[mokuji]