泣き虫な君と約束を | ナノ

青春とハチミツレモン

…あの音駒の主将(黒尾さん、というらしい)…何か嫌いだ。

「光璃?何で光璃まで怒ってるの?」
「…怒ってないもん」
「嘘吐かないの。そんなにむくれといて、怒ってない訳ないデショ。…黒尾さんの言ったこと、気にしてるの?」
「…だって」

日向くんに負けちゃうよ、なんて。
ニヤニヤしながらそう言った黒尾さんを思い出すと、更にイライラしてくる。
…負けないもん。蛍くんは頭もいいし、かっこいいし、身長高いし、かっこいいし、何だかんだで優しいし、かっこいいし、かっこいいし、かっこいいし…。

「…光璃、それ全部口に出てるって気付いてる?」
「え゛Σ」
「……僕、サポーター忘れたからとってくる。先に食堂行ってて」
「あ、蛍くん!?」

…どうしよう…恥ずかしい…。
踵を返していってしまった蛍くんも、何だか顔が赤かった気がするし…。
…本当は、この前のこと謝りたかったのにな…。


   *   *   *   *   *


合宿二日目。
今日も烏野は負け続ける…。

「やっちゃん、光璃ちゃん、ちょっと来て」
「「?はーい」」

清水先輩に呼ばれて付いていくと、大きなスイカが三玉、食堂のシンクの中で冷やされていた。
手分けして切って、お皿に乗せて、ごみ袋も持って体育館に戻る。

「森然高校の父兄の方から、スイカの差し入れでーす!」

生川高校のマネさんがそう言うと、わき起こる歓声。ついでに全体で休憩を取ることになった。
外に出て、スイカのお皿を持って歩き回る、
そろそろ私の持っているお皿からスイカが無くなりそうな頃、少し困ったような顔で仁花ちゃんがこっちに駆け寄ってきた。

「――えっ。蛍くん、一切れしか食べなかったの?」
「光璃ちゃん、スイカは私が預かった!月島君は頼んだよ!ほらコレ持って!!」
「う、うん…」

私の持っていたお皿を取り、代わりに私の手にスイカを一切れ持たせ、ぐっと親指を立てて送り出してくれた仁花ちゃん。
時々仁花ちゃんのノリが分からなくなることはあるけど、決して他の人を不快な気持ちにさせたりしないし、優しい彼女が私はとても好きだ。

「…あ、蛍くん!」

他の人たちから少し離れた日陰の隅で、蛍くんは一人佇んでいた。

「…そのスイカをどうする気?」
「もちろん、蛍くんに食べさせる気!」

私も日陰の中に入り蛍くんににっこりと笑いかければ、蛍くんは少し嫌そうな顔をした。

「僕もう食べたんだけど」
「一切れじゃダメだよ!スイカには夏バテ予防効果があるんだよ。ここ暑いし、蛍くんは何だか倒れそうだから!」
「その言葉、そっくりそのまま返すよ。光璃が食べれば?」
「ダメ!蛍くんはたくさん運動するんだから、ちゃんと水分摂らなきゃ」
「摂ってる」
「じゃあこれもね!」
「…いらない」
「………」

フイッと顔を背けた蛍くんに、むぅっと頬を膨らませる。
…あ、そうだ。
よいしょっと腰を下ろして、隣にいる蛍くんのTシャツの裾を引っ張り、同じように座ることを促す。
蛍くんは特に何の疑問も抱かずに座ってくれた。
私は手に持っていたスイカの種を指の先で出来るだけ払い落とし、しゃくっと一口齧り取る。

「っ!!」

…そしてそれを、蛍くんにキスして押し込んだ。
蛍くんは酷く驚いていたから、すんなりスイカを受け入れてくれて、作戦通り!!と思った私が馬鹿だった。

「ーっ!!」

私から受け取ったスイカを素早く飲み下した蛍くんは、仕返しとばかりに私の頭を手で抑え、舌をねじ込んでくる。

「…、これで少しは懲りた?」
「〜っ!!//…蛍くん、ずるい」

ニヤリと、口を離してから笑った蛍くん。
私が睨みつけるのもどこ吹く風と、目を細めて楽しそうな顔をする。

「仕方ないからこれは食べてあげる」

ひょいと取られたスイカは、既に私の手の温度と同じになっていた。


  *   *   *   *   *


今日も烏野が全敗だったとか、東峰先輩が珍しく威圧的なオーラを出して日向くんを抑えて見せたとか、色んなことがあった。
…けど。

「…山口君が奇声を発しながら走って行ったんだけど大丈夫かな…!?」
「奇声って!?」
「“ヅッギィィィィ!!!”」
「ああ!月島んトコ行ったのか!」
「…!!」
「…気になる?今はあんまり仕事もないし、行って来てもいいよ!」
「っ、ありがとう仁花ちゃん!」

ニッと笑う仁花ちゃんにお礼を言って体育館を飛び出す。
今日は仁花ちゃんに助けてもらうの二回目だな、なんて思いながら渡り廊下を走った。

「――、……!っ…」
「――?…っ…!」

途中から話し声が聞こえてきて、周りを見回せば、少し離れた斜め向かいに蛍くんと山口くんがいるのが見えた。
…見つけた。けど、どうしよう。
仁花ちゃんから山口くんが蛍くんの所に行ったって聞いて、私も行かなきゃいけない気がした。けど、来たところで私は何をすればいいんだろう。何ができるんだろう。

「絶対に“1番”になんかなれない。どこかで負ける。それを分かってるのに、皆どんな原動力で動いてんだよ!?」
「そんなモンッ、プライド以外に、何が要るんだ!!!」
「――っ!!」

…今日は本当に、色んなことがあった。
烏野が全敗だったとか、東峰先輩がエースとしての威厳を見せたとか、蛍くんとスイカを口移しした挙句、キスされたとか。
…けど。
これ以上に衝撃的なことなんて、私の人生の中にはないと思う。
あの山口くんが、蛍くんに掴みかかって怒鳴る、なんて。

[ 7/10 ]


[mokuji]