泣き虫な君と約束を | ナノ

恋する乙女は美しい

高校は夏休みに入り、私たちは東京に長期遠征に来た。
蛍くんとは…あれからまともに話していない。
行きも帰りも挨拶のキスをするけれど…ちゃんとした会話をしなくなってしまった。


――「練習、しないの?」――
私のその問いに、蛍くんは酷く冷たい目をして肩を竦めた。

「僕はそんなにバレーに打ち込みたいわけでも、バレー大好きってわけでもないし。休みの日に休んだって、誰も文句言わないデショ。ちゃんと練習には参加してるんだし」
「でも、みんな一生懸命やってるのに――「“一生懸命”?一生懸命になんてなったことない光璃が、何を知ってるの?…必死になる必要なんか無いじゃん。どうせ一番になんてなれないんだからサ。そこそこ頑張っていればいいんだよ。僕も、光璃も」――っ、」

…冷たい、冷たい、蛍くんの目。
何であんな目をするのか、何であんなに上手なのにどこか諦めたように見えるのか。

「…もしもし、山口くん?」

…知っている人がいるとすればそれは、一人しかいないと思った。少なくとも、私の知る限りでは。
他人の過去を詮索する趣味なんて無いけど、蛍くんがあのまま皆に取り残されていくのを見てるのは嫌だったから。
蛍くんと別れてすぐ、山口くんに電話をした。
山口くんは電話の相手が私だと分かって驚いていたけれど、事情を話すと会う約束をしてくれた。


   *   *   *   *   *


今回の遠征の行き先は、私立森然高校…山の中にあるここは都会より涼しいらしいけど、東北より全然暑いです。
こっちに着いてからの第一試合は、梟谷高校。…一番強いところだ。
影山くんのトスは短くて日向くんに届かなかったり、日向くんは伸びすぎたトスを左手で何とか押し込んだり。…そのあと二人はお互いに驚いた表情で見つめ合っていた。
東峰先輩はジャンプサーブをしたけれどアウトに。…舌打ちがとても怖い。
菅原先輩、澤村先輩、東峰先輩、田中先輩、蛍くんの五人は、シンクロ攻撃を試していたけれど、菅原先輩の上げたボールは田中先輩の上を通過。
西谷先輩はジャンプトスをしたかったみたいだけど、勢いよく飛びすぎたらしく普通に着地してしまっていた。
…他校の人は怪訝そうにしていたけれど、音駒の監督さんだけは今の烏野に何が起こっているのか気付いているようだった。

「恐らくあれは、驚くべきスピードで進化している途中だよ」

…進化。そう、進化だ。
みんなは、進化しようとしている。
けど…

「木兎さん!!」
「オラァッ」

   ガヅッ

その中に、蛍くんは含まれていないんだ。


やはりと言うか何というか、梟谷に負けてしまった烏野のペナルティは、山道をダッシュしてくるものらしい。
ペナルティ、のはずなのになぜか日向くんは楽しそうで、そんな日向くんに負けじと影山くんもすごいスピードで走っていく。
私達マネージャーはといえば、そんな選手たちのユニフォームを洗って干して、ドリンクを作ってダッシュから戻ってくる人たちをお出迎え。

「日向くんお疲れさまー。あ、影山くんも、ハイ!」

ドリンクを汗だくの二人に渡せば、「ありがと!」「…うす、」とそれぞれの返事が返ってきて、くすりと笑ってしまった。

「あ、そういえば篠原さん!」
「光璃でいいよ、日向くん。…なに?」
「じゃあ光璃!月島とケンカしたってホント?」
「!!??」

日向くん…質問ドストレートだなあ。
ってか、何で日向くんがそんなことを…?
しかも、蛍くんがここにいないのをいいことに、仁花ちゃんや山口くんまで興味あり気な視線を送って来るし。

「…それ、先輩方の間にも広まってるの?」
「分かんない!けど俺は三年生から聞いた!」

あー…東峰先輩はともかく、澤村先輩とか、菅原先輩とか、そういうの鋭そうだしなあ…。
日向くんになら気付かれないと思う。毎日一緒に登下校もしてるし。
でも、あの人たちなら、何となくだけで察してそう…。

「…喧嘩じゃないよ。大丈夫。…先輩たち、けっこう気にしてた?」

少し考えて、笑顔で答える。
喧嘩じゃない。私が、蛍くんの地雷を踏んじゃっただけ。
とにかく先輩方に迷惑はかけないようにしなきゃ。そう思って日向くんに聞いてみると、日向くんは既にこの話題から興味が逸れつつあるようで、体育館の中をチラチラと気にしながら「ううん」と首を振る。

「スガさんはちょっと気にしてたけど、大地さんとかは「気の所為じゃないか」って言ってたし」
「そっか、ありがとう」

他のとこの試合、見ておいで。
お礼の後にそう付け加えて、日向くんを開放してあげた。
日向くんは散歩に出た犬みたいに、喜んで駆けていく。…ちぎれんばかりに振られる尻尾が見えそうだと思った。


…その日の夜。
晩ご飯の手伝いを終えた私は、仁花ちゃんのビブスを洗う仕事を手伝いに体育館に戻る途中、蛍くんが別の体育館に入って行くのを目撃した。

「…第三体育館…?」

少し気になって覗いてみると、音駒の主将と一年のハーフ君、梟谷のエースとセッターというメンツの中で、蛍くんがブロックを飛んでいた。
何本も抜かれていたけれど、一瞬、蛍くんは相手の狙うコースが見えたのか、素早く腕の向きを変える。
(いけ…!!)
…だけど。
   バンッ

「!!」

ボールではなく蛍くんの腕のほうが弾かれてしまった。

「…ん?君、烏野のマネの子じゃない?誰かに用事でもあんの?」
「Σ!!あ、いえ…その、」

思わず見入っていて、音駒の主将さんが近づいていることにすら気付かなかった。
慌てて立ち去ろうと足を引くけれど、もう遅い。

「…光璃…?」
「…蛍くん、」

体育館の中にいた人たち全員が、こっちを見ていた。

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