泣き虫な君と約束を | ナノ

泣き虫な君と約束を

…東京遠征初日。
予想通りというか何というか…日向と王様はそれぞれ一教科ずつ赤点を取り、補習。
まあそれはどうでもいいんだけど。
問題なのはこの前の土曜日、光璃も谷地さんと一緒に二人に勉強を教えていたらしい、ということだ。
王様の、赤点ラインに二点足りなかった現文の答案用紙を見た光璃は思わず口を滑らせ、「読解の方も少し教えておけばよかったね、ごめん…」と、ショックを受ける谷地さんの横で王様にそう言ったのだ。
谷地さんを問いただせばすぐに、土曜日――つまり僕と光璃が一緒に勉強した日の前日――に、谷地さんの家に集まっていたのだと白状してくれた。
東京へ向かうバスの中、通路を挟んで隣に座っていた光璃に「僕、ダメって言わなかったっけ?」と笑顔で詰め寄る。
光璃はしまったという顔をして僕を見上げ、縮こまった。
僕と光璃の間に流れる空気の異変を感じ取った山口が僕を宥めに割って来たけれど、僕はまだ納得していない。
日向と王様は僕が念のために付けた印の意味すらよく分かっていなかったらしいけど、それはあのバカコンビだからであって、他の奴も皆同じく単細胞のバレーバカという訳ではない。
光璃にはもう少し自覚してほしいんだけど。
…バスの座席に丸まって寝ている光璃を見て、ため息を吐いた。


   *   *   *   *   *


「蛍くん、手大丈夫!?」
「手…?」

酷く焦った顔をして駆け寄ってきた光璃に首を傾げる。
手?…と少し考えて、そういえば梟谷と音駒の試合の流れ球を弾いたっけと思いだした。
別に何ともないし、一々騒ぐことでもないんだけど、弾いた時の音が派手だったから気になっていたんだろう。

「あんなのは何ともないよ、ほら」

眉尻を下げている光璃の前に自分の手を差し出して見せれば、ほっとしたように肩の力を抜く。

「そんなこと聞きに来たの?マネージャーの仕事は?」
「一段落したから、ちょっと自由にしてていいよって、先輩方が…」

…それで僕の手を気にしてきたってわけか。
何ともなくて良かった!と笑う光璃の頭に手を置けば、いつものように擦り寄って来た。

「おーい、月島ー!次、始まるぞー」
「「!!」」

澤村さんの声が背後から聞こえて、二人で同時に肩をびくつかせる。

「じゃあ、私も戻るね」
「…ドジって他の人に迷惑かけないでよ」
「失礼な!!」

僕の言葉にムッとする光璃に早く行けと促して、僕も体育館に戻る。
さっきから揉めている日向と王様は、話しあっていたはずなのにさっきよりもギクシャクしていた。
…まあ、僕には関係ないけど。


   *   *   *   *   *


合宿から帰ってきても二人の仲は改善された様子がない。というかむしろ、喧嘩をしたとかで顔に傷をつくっていた。
それはまあどうでもいいとして。
その喧嘩を見ていた谷地さんも元気がないらしく、光璃まで落ち込んでいる。
…全く、あのバカコンビはどこまで他人に迷惑をかければ気が済むんだか…。

「光璃、」
「あ、蛍くん。…ちょっと行ってくるね」

光璃のクラスを覗けばすぐ見える位置にいた光璃に声をかける。
光璃は一緒にいた友達に断ってから教室を出てきた。

「どうしたの?蛍くんが5組に来るの、珍しいね」
「今日、体育館使えなくて部活ないの、知ってるよね」
「?うん」
「だから、放課後どっか行こう」
「うん?」
「それとも、用事とかある?」
「ううん」
「じゃ、予定空けといてね」

終始ぽかんとしていた光璃に言いたいことだけ告げて自分の教室に戻る。
…この時光璃が、僕の背中を心配そうな表情で見ていたなんて、僕は知る由もなかった。

…放課後。

「どこ行く?」

スクバを肩に掛け制服のポケットに指を突っ込んで歩く。
隣を歩く光璃はやっぱり元気がなくて、僕の問いかけにも上の空だった。

「光璃?何か欲しいものとか――「ねえ、蛍くん」――…光璃…?」

やっと僕を見たと思ったら、光璃は不安そうな寂しそうな、こっちまで胸が苦しくなるような顔をしていた。

「…蛍くんは…練習、しないの?」

…それは、僕にとっては一番予想外の言葉だった。

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