泣き虫な君と約束を | ナノ

吐息さえも愛しくて

昨日の帰り、すごい勢いで日向くんに引っ張られて何処かへ行ってしまった仁花ちゃん。今日学校へ来た時には、バレー部に入る決心がついたみたいで。

「お昼休みに入部届出しに行く!」

と、気合いを入れていた。

「光璃ちゃんはもう決めた?…あ、うちのお母さんの話は全然気にしなくていいからね!?」
「…私…」
――…光璃のしたいようにしなよ――
――…篠原自身がどうしたいか、だ――

「…私は…」

蛍くんや先輩方の言葉が甦る。
…私は、結局どうしたいの…?

「………私…マネージャー、やる。」
「!!じゃあ、お昼休み一緒に行こ!」

辛抱強く私の答えを待っていてくれた仁花ちゃんは、嬉しそうに笑って私の手を取った。
…そして何事もなく時間は過ぎ、お昼休み。
無事に入部届を出した私と仁花ちゃん。
でも仁花ちゃんはまだ用事があるみたいで、私は先に戻って来た。そしたら…廊下には、とても目立つ長身のシルエット。

「蛍くん!」

思わず駆け寄れば、「なに。」といつも通りの返事。

「私、バレー部入ったよ!」
「そ。決心ついたんだ?」
「うん。相談乗ってくれてありがとう!」
「…別に。…でも、」
「?」
「見つかるといいね。光璃が一生懸命になれるもの」

優しく細められた目と、頭を撫でてくれる手はとても温かかった。


   *   *   *   *   *


仁花ちゃんに頼まれて、スパイクを打つ瞬間の日向くんの写真を撮ってから数日後。とても素敵なポスターになって、それは街に貼られていた。
そんな、ある日。
私と仁花ちゃんは、正式なバレー部のマネージャーとして“烏野高校排球部”と書かれたジャージを貰った。
…実は蛍くんが着てたのが恰好よくて羨ましかったから、とても嬉しい。
部の人からも(蛍くん以外)、「ようこそ!」と歓迎され、一気にその場が盛り上がった。
…けれど…。
「テストを残すのみ…」という澤村先輩の言葉に、表情を凍りつかせた人が四人ほど…。え、そんなに深刻な問題なの!?

その日の帰り道、スマホが鳴ったので確認すると、仁花ちゃんからラインが来ていた。
『土曜日、日向と影山くんとウチで勉強会するんだけど、光璃ちゃんも来れない?』
…ううん…蛍くんはダメって言ってたけど…やっぱり、役に立てるなら何でもしたい…。
結局、私も行くと仁花ちゃんに返事をした。
蛍くんにバレないようにしなきゃ。あれだけダメって言ってたのに約束破ったって知ったら…考えるだけで怖い。

「…光璃?眉間にシワ寄せてどうしたの?」
「ぅおわぅ!?」

…そうだった。
今私は蛍くんと一緒に帰ってること、忘れてた…。
蛍くんに声をかけられて思わず変な叫び声をあげると、蛍くんがびっくりした顔で少し後退りした。

「なに、変な声出して」
「なっ何でもないっ!送ってくれてありがと!また明日ねっ」
「うん、また。おやすみ光璃」

ちゅ、といつものように額に寄せられる蛍くんの唇。
私はこの瞬間がとても好きだ。…好き、なんだけど…。

「…?」

今日の蛍くんはいつもと少し違う。
私のおでこに口付けたあと、そのまま下に降りてきて首筋に顔を埋める蛍くん。
どうしたの、と言おうとしたその時、ぴりっとした感覚が首筋に走った。

「んっ、」
「…かわいー声。僕以外に聞かせたら許さないからね?」

思わず漏れた私の声にくすりと笑った蛍くんは、曲げていた背筋を伸ばして踵を返した。

「…あ、蛍くん!今度勉強教えて!」
「…それは…誘ってるの…?」
「?」
「…なわけないか。…いーよ。光璃の都合のいい時に連絡してくれれば。…じゃ、」

私が引き止めると、眉間に皺を寄せて振り向いた蛍くん。でも何のことだか分からなくて首を傾げると、ため息を吐いた蛍くんは言葉に合わせて自分のスマホを振り、また歩き出す。
消えそうな三日月が、星のない空にぽつんと浮いていた。


   *   *   *   *   *


「うおー!篠原サンめっちゃわかりやすい!」
「月島とは大違いだな」
「光璃でいいよ、日向くん。…蛍くんも教えるのは上手だと思うんだけど…」

土曜日。仁花ちゃんの家にお邪魔した私たちは、ノートや参考書を広げていた。
目を輝かせる日向くんと眉間に皺を寄せている(多分、蛍くんを思い出している)影山くんが対照的で、少し面白い。

「月島のカノジョだからもっと怖い人なのかと思ってた!」

…いや、蛍くんって日向くんの中でどんだけイメージ悪いの!?

「…首、赤い。虫にでも刺されたのか?」
「ん?」

日向くんの言葉に少しショックを受けていると、影山くんが私の首を指してそう言った。
虫…?そんな覚えはないんだけどなぁ。とか思って首を傾げると、なぜか仁花ちゃんが顔を真っ赤にさせている。

「かかか影山くん、そっそれはアレですよ!見ないフリしないとっ!!」
「「「?」」」

…勘の良い蛍くんが私の首に密かに付けた印も、おバカな二人には何のことか分からず、一人気付いた仁花ちゃんだけが真っ赤になっていた…という真実を私が知ったのは、勉強を教えてもらいに蛍くんの家に行った、日曜日のこと。

[ 4/10 ]


[mokuji]