泣き虫な君と約束を | ナノ

境界線のその先へ

「えっ、蛍くんが勉強教えてるの!?」
「…何でそんなに驚いてるの」

次の日の昼休み。蛍くんの教室に遊びに行くと、うんざりした顔の蛍くんが話してくれた。
来月の期末テストで赤点を取ると、予定されている遠征に行けなくなるらしい。部活命でおバカな日向くんと影山くんは、蛍くんに頭を下げてまで勉強を教えてくれるよう頼んだのだ。…蛍くん、きっと部活でも嫌味ばっかりだろうに…。

「そんなことより光璃は?部活、どうすることにしたの」
「それは…えっと…その、」

まだどうしようか考えていなかった。さらに云うならば、蛍くんに話を聞いて欲しくて四組に来た。

「…まだ決めてないんだ?…話、くらいなら聞いてあげるけど?」
「!!」

やれやれという風にため息を吐いた蛍くんの言葉に、私はぱっと顔を上げる。皮肉とか嫌味を言われたりもするけど、やっぱり蛍くんは優しいと思う。
…昼休み終了の五分前に教室に戻ると、何故かぐったりしている仁花ちゃんが机と一体化していた。曰く、直射日光を浴び続けた気分、らしい。



…放課後。
第二体育館に入ると、日向くんが小テストの紙を持って仁花ちゃんを呼んだ。…教えてもらった範囲が出て、「三分の一も取れた!!」と喜んでいる日向くん。
先輩方は日向くんのコミュニケーション能力の高さに驚いていたけれど、私は先輩方の横で「三分の一で喜ぶなんて…」とギョッとしている蛍くんと同意見です。

…バレーの練習はすごく迫力があって、昨日の挨拶の時点で既に気圧されていたけれど、そんなの比じゃなかった。
みんな人が変わったみたいになって、真剣で、一生懸命で、すごく格好いい。
試合形式の練習らしく、響く声と落ちないボールが舞うコートの中に目を奪われていた。
   ドガガッ

「「!!!」」

そんな私たちの方へ、ブロックされたボールがものすごい速さで飛んでくる。
何の反応も出来ずに目を見開き、ぶつかる!!と思ったその時…日向くんが飛んできてボールを弾いた。

「大丈夫??」

清水先輩が心配げに駆け寄ってくれて、仁花ちゃんは何とか受け答えをしているけれど、私はびっくりしすぎて声も出ない。
…その時の私の顔が面白かったらしく、部活が終わってから蛍くんに散々からかわれた。

「なんか、月島と篠原さんって仲良くね?」

素朴な疑問、と云った感じで私と蛍くんのやり取りを見ていた日向くんが首を傾げる。

「俺もそれ思ってた!」

菅原先輩が同意を示し、他の先輩方も少しずつ集まってきてしまった。
月島が山口以外のやつとまともな会話をするなんて。とか、月島が普通に笑ってる…!!とか。
好き勝手に散々言われているのを見ると、やはり私の想像は間違っていなかったらしい。
一方の蛍くんは、鬱陶しそうにしかめっ面をしていたけれど、我慢の限界が来たらしく冷めた目をして口の端を意地悪そうに歪めた。…嫌味や皮肉をいう時の合図だ。

「…話すのも笑うのも当たり前じゃないですか。光璃は僕の彼女なんで。」
「「「…」」」

あぁぁああぁぁぁっ。けいくんなんでそれをいっちゃうのぉぉぉぉぉ!

「「「はああぁぁ!?」」」

…沈黙。そして驚きの叫び。
ようやく蛍くんの言葉を飲み込めた日向くん含め先輩方は、一斉に目を見開き素っ頓狂な声を出す。その声に驚いた私は咄嗟に蛍くんにしがみ付いてしまい、蛍くんは部室を出るまで冷やかされることになってしまった。

「…あ、そうだ。私も教えるの、手伝おっか?国語、なら少しは自信あるし」
「だめ」
「?」

帰り道、機嫌の悪い蛍くんを少しでも何とかしようと思いそう言うと、即答で、しかも眉間に皺を増やして私の方を向いた蛍くん。

「…絶対だめ。光璃は気にしなくていいよ」
「?…うん、分かった」

こくりと頷けば、「いい子」と頭を撫でてくれる蛍くんの手が心地良くて、その手に擦り寄った。

「…猫だよね、完璧に」
「うぅ…意識してるわけじゃないんだけど…」

みんな、言うんだ。猫みたい、って。

「僕以外に懐かないでね」
「…?」



私の家まで送ってくれた蛍くんは別れ際、「ああ、そうだ」と何かを思い出したような顔をした。

「今日の昼の話だけど。やっぱり僕の言うことは変わらないから。光璃がやりたいと思うなら、入ればいい。他の人に失礼とか、関係ないでしょ。少なくとも先輩方は、光璃を必要としてる。…決めるのは光璃だけど」

じゃ、また明日ね。
額に挨拶のキスをして、蛍くんは踵を返す。
離れて行く後ろ姿を見つめながら、私は心の中で蛍くんの言葉を繰り返した。
…私がやりたいと思うなら、か。



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