泣き虫な君と約束を | ナノ

星空までの距離を測る

遠征最終日の昼食がバーベキューだと知ったのは、今朝のことだった。
手の空いているマネージャーは少し早めに昼食の準備に移る。

「光璃ちゃん、切った具材を谷地ちゃんと運んでくれる?」
「はいっ」
「炭とか重いものは監督たちが準備してくれてるらしいよー」

調理室から体育館前までの道を、仁花ちゃんと分担して運ぶ。調理室から外に接する出入口までの廊下を私が、出入り口から体育館前までを仁花ちゃんが、バケツリレーよろしく運んでいく。…靴の着脱の時間をカットするためだ。
一番最後に、冷やしておいた飲み物を持って私も外に出る。
既に焼く準備は出来ていて、少しずつ具材を並べ始めていたので私もトング片手に手伝いに入った。
ほぼ隙間なく具材を並べ終わった頃、徐々に集まっていた選手たちも全員揃い、音駒の監督の言葉で一斉に食べ始める。お茶とおにぎりを配り終わったら私たちも食べよう、と清水先輩に微笑まれて、私はもうそれだけでお腹いっぱいです…。

「ねーねー、あのメガネ君、光璃ちゃんの彼氏なんでしょ!?二人っきりだとやっぱ違うの??」
「恰好いいけど、普段は近付きにくい雰囲気あるよねー」
「あっでもこの間、光璃ちゃんの頭撫でてるの見た時はすごく優しそうな顔してたよ〜!」

きゃっきゃっと盛り上がる先輩方の話題になったのは、蛍くんのこと。
私は向こうで大きな人たちに囲まれてプルプルしてる仁花ちゃんを助けに行きたいんだけど、私も私で未だにきゃーきゃー騒ぐ先輩たちに、撫でられ抱きつかれもみくちゃにされ…の状態だから抜け出せそうもない。

「…光璃、ちょっと、」
「!」

足元に影が落ちたかと思うと、名前を呼ぶ声がした。
女の子特有の高い声の中にいた所為か、その声はいつもより幾分落ち着いて聞こえる。

「すみません、お邪魔して。ちょっと借りますね」

余所行きの笑顔でそう言うと、私の手を掴む蛍くん。
先輩方はまるで親戚のおばさんのようなテンションで「若い人たちでごゆっくり!」と手を振っている。

「あ、あのっ蛍くん…?」
「…谷地さんのトコ、行きたかったんデショ」

蛍くんは私を連れて体育館の入り口まで来ると、私のぐちゃぐちゃだったであろう髪を手ぐしで整えてから「行っておいで」と言ってくれた。

「ありがとう!」

お礼を言うと「別に」と照れ隠しに蛍くんがそっぽを向いたのを見届けて、私は仁花ちゃんに駆け寄る。

「お待たせ仁花ちゃん!届かないなら私が取るよ?」
「光璃ちゃん…!!」

私が来たことで周囲の巨人さん達は「じゃあ大丈夫かな」みたいな空気になり、去っていく。
仁花ちゃんは「か、かみさま…っ!」とキラキラした目で私を見ていた。
こういう時、身長が高いことが少しだけ便利だと思う。高いと云っても“比較的”だし、高身長の人が多いバレー部では全然小さく見えるだろうけど。
…閑話休題。
仁花ちゃんに頼まれたもの(主に肉)を取ってあげた私は、自分の皿にも少しだけ乗せて蛍くんの所に戻る。仁花ちゃんは無事、清水先輩と合流できたようだ。

「あっちに戻ってもよかったのに」
「蛍くんと一緒に居たいからいーの!」
「…そう」
「蛍くんも食べる?」
「…僕はさっき、主将たちに散々押し付けられたから」

あ、そういえばそうだったね。
嫌そうな顔をしていた蛍くんを思い出して、思わず苦笑いする。

「……光璃が食べさせてくれるなら、食べてもいいけど?」
「っ!?…げほっ」

もももも…と頬張っていたおにぎりの最後の一口が、蛍くんの言葉により喉に詰まる。

「!?ちょっと、動揺しすぎじゃない?大丈夫?」

咳き込んだ私に慌ててお茶を差し出して背中を擦ってくれる蛍くんも、自分から言い出したくせに顔が赤くなっている。
…ふう、とやっと一息ついてから見上げた青空には、白い満月が雲に紛れながらもしっかりと存在を主張していた。

「…蛍くん、」
「なに」
「私、お日さまより月の方が好きだよ」
「?急にどうしたの」
「…何でもない」
「?……あ、そうだ。光璃に言おうと思ってたことがあるんだ」
「私に…?」
「…前に“一生懸命”が分からないって言ってたけど…ここ数日の光璃は“一生懸命”そのものだと思うよ」
「え、」
「僕のことで泣いたり、選手それぞれにゲームのデータとアドバイス書いたり。…確かに、もっと一生懸命な人は探せばいくらでもいるよ。でも、今の光璃のソレも充分、“一生懸命”だと僕は思う」
「…!!」

目を真っ直ぐに見て、蛍くんはゆっくり喋った。
…そっか。これが、今のこのワクワク感と焦りが混じったような気持ちが、“一生懸命”だったんだ。

「…蛍くん、ありが――「へいへいへーい!」

…私がお礼を言おうとしたその言葉を遮って聞こえてきた、木兎さんの声。…蛍くんは一気に不機嫌そうな顔をする。

「おいおい、今のは完璧に邪魔しちゃダメなやつだっただろ」

飛び跳ねそうな勢いの木兎さんの後ろから、黒尾さんも歩いてきた。
私は咄嗟に蛍くんの後ろに隠れる。

「…光璃、いい加減黒尾さんを克服したら?」
「……ムリ。」
「そんなこと言わないで、仲良くしようぜ子猫ちゃん」
「やです!」
「黒尾くん、ドンマイ☆」

…この数分後、本気になった黒尾さんに降参することを、まだ私は知らない。
そして更に数日後、蛍くんのお家にお邪魔することになった日に、偶然にも蛍くんのお兄さんに会うことになるけれど、それはまた、別のお話。




fin.

[ 10/10 ]

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