泣き虫な君と約束を | ナノ

今日だけ君を独り占め

…光璃が泣いていた。
本人は隠していたつもりかもしれないけど、瞼は腫れてるし目は潤んでるしでバレバレだ。しかも、話してる途中から涙目になるし。
いつもは何処か冷めていて、人当たりは良いけど僕と似たところがある彼女が、人前で泣くなんて。
光璃の泣くとこなんて初めて見たし、すごく驚いた。
…僕が不甲斐ない所為で。
泣き出しそうな光璃を抱き締めて、僕も僕なりに変わろうと決心する。
それと同時に、もう二度と彼女にこんな顔はさせないと心に誓った。


それが、昨夜のこと。

「…で?何で光璃まで付いて来るの?」

夜。今日もまた黒尾さんたちと練習すべく第三体育館に向かう僕の後ろを、光璃が小走りで付いて来る。

「だ、だって、もうマネージャーのお仕事終わっちゃったし…仁花ちゃんは影山くんたちの練習に付き合うって言ってたし…蛍くんたちの練習に、私も手伝いに行こうかなって………だめ?」

…“だめ?”って…僕が断れないことを知っていてそんな表情をしているんだろうか。好きな女の子の、上目づかい+首を傾げる仕草で落ちない男がいたら見てみたいと思う。

「…好きにしなよ」

…少なくとも、僕にはそんなこと絶対にできない。

「…で、子猫ちゃんと一緒に来たワケか」

ニヤニヤと笑う黒尾さんは、僕が一言二言発しただけで殆どを察したらしい。
…プレーは確かにすごいけど…こういった話題では相手にしたくない人だ。
光璃に関しては、未だに最初の印象がそのままなのか、今まで見たことが無いくらい黒尾さんに対して威嚇している。…僕の背中に隠れて僕のシャツを掴みながら、だけど。
精一杯に相手を睨みながらも身体を小刻みに震わせる彼女は本当に小動物のようだった。
まあ、同時に加虐心も煽られるから、弄りたくなる黒尾さんの気持ちも分からなくはない。

「…黒尾さん、いいかげんに――」
「お?今日は仲間連れか?」

光璃にちょっかいを出す黒尾さんを止めないと、そろそろ彼女が逃げ出しかねないと思った丁度その頃。木兎さんの言葉に振り向くと、入口からこっちを覗き込む日向の姿が。
日向が入ってくるのと同時に走ってきた音駒の一年生も混じり、3対3をすることになった。

「子猫ちゃん、得点とドリンク頼んでいいか?」
「……………はい」

もの凄く長い沈黙のあと、僕の陰に隠れたままもの凄く小さな返事をした光璃。その何とも言えない険しい顔が面白くて、僕は誰にもばれないようにそっと笑って、背中にくっついている光璃の頭を撫でる。
光璃はいつものように擦り寄ってきたあと、満足げな顔をして準備に向かった。


第二セットが中盤まで進んだ頃。
梟谷のマネージャーさんが食堂がそろそろ閉まることを教えてくれた。
僕たちは慌てて解散になったけど、光璃はずっとノートに何かを書き込んでいる。

「光璃、行くよ」
「あ、先に行ってて!私はもう他のマネさんたちとご飯食べたの。片付けは私がやっておくから。ね?」

光璃が何をそんなにノートに書いているのかが気になったけど、「お言葉に甘えて!」と体育館を出ていく先輩方に半ば引きずられるように僕も食堂へ向かう。

「…に、しても…子猫ちゃん良い子だな」
「気が利くし、仕事もはえーよな」
「…黒尾さんは思いっきり嫌われてましたけどね」

廊下を歩きながら、光璃に感心する黒尾さんと同意を示す木兎さんの後ろを歩きながら、プスーと笑う。

「そういえば、ドリンクもタオルもお前にだけは直接渡してなかったな、黒尾君」
「…何で俺だけ子猫ちゃんに嫌われてんの…」
「……さあ?何でですかね?」

思い出した様に言う木兎さんの言葉に落ち込んだ表情をする黒尾さん。
わざとに少し間を置いてから、僕は振り返った二人にわざとらしい笑顔を向けた。

「あ、そうそう。いくら光璃が気に入ったからって…手、出さないでくださいね?アレ、僕のなんで」
「…」
「…」
「…」

ぽかんとした顔の黒尾さんたちを置いて、僕は足早に食堂に向かった。


   *   *   *   *   *


「あの、蛍くん…これ、」
「?…これ、記録…?」

日中の休憩中、光璃がタイミングを見計らって渡してきたのは、ノートを破ったと思われる紙。
折り畳んである中を見ると、夜の練習の時の僕のブロックやレシーブなどのデータが纏めてある。更には、実際にプレーをしていると気付きにくい、外から見ていた時の光璃が考えたのであろう的確なアドバイスまで書かれていた。

「これ、全部光璃が書いたの?」
「うん。あと…その、他の人にも…良ければ…」

おずおずと光璃がポケットから出したのは、僕以外の5人のデータが書かれていると思われる紙。
それぞれ折り畳まれた紙の表面に名前が書いてある。

「…じゃ、こっちのチームの人には僕が渡しておくから」
「!!うん、ありがとう」

「黒尾さん」、「灰羽くん」と書かれた紙を光璃から受け取り練習に戻ろうとすると、「蛍くん!」と呼び止められた。

「?」
「…最近の蛍くんは、前よりずっとカッコ良いよ!」
「!!」

…時々思う。
光璃は、僕の中で自分がどれほどの破壊力を持っているのか、知っているんじゃないかと。
現に僕は今、柄にもなく光璃のその一言に少し浮かれている。
そして。

「ツッキー、何か良い事でもあった?」
「…別に」

山口に気付かれる程度には、顔に出てしまっている。



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