お姫様は蚊帳の外


業「ねぇ。いい加減結花のこと諦めたら?毎回あんたを結花に気付かれないように追い返す俺の身にもなってよ。しつこいんだけど」
浅「…君こそ、そこを退いてくれないかな。僕は結花さんに会いに来ているのであって、何も君とこうして言い争うためにわざわざ山を登ってきているわけじゃないんだ」

…冬になった。もうすぐ冬休みも始まる。
そしてまた、浅野がこのE組の校舎のある山を登ってきた。結花をA組に…自分の手元に戻すために。
12月の期末テストは既に終わってる。本来なら、内部進学と高校受験で授業内容も変わるからもうE組に戻るなんてこと、出来ないはずなのに。流石、学校を仕切る親子と言ったところか。きっと浅野の単独行動では無いはず。理事長が命じたのか、はたまた浅野が理事長に提案したのか。
…どっちにしても、結花は絶対に渡さない。

業「結花に会いに、ってさ。あんたがどの面下げて結花に会うわけ?結花が虐められてるの、黙って見てたくせに。…俺はあんたを許さない。きっかけを作ったのは元担任の奴かもしれないけど。結花を一番傷つけたのはあんただ」

…一学期の終業式の日、こいつが引き止めた時の結花の怯えきった顔を、俺は今でもよく覚えてる。
棒倒しの時には、皆を巻き込むなとビンタまでしてたけど…本当はすごく怖がってたのを、俺は知ってる。
いつだって、震える結花を抱き締めてたのは俺なんだ。
…あんな怯えきった顔、もう結花にさせたくない。だから、こいつがここに来てることを結花に知られる訳にはいかない。

浅「…君にそんなことを言われなくても、僕が結花さんを傷つけてしまった事くらい分かっている。彼女がまだ、僕のことを怖がっていることも。
…けど、僕はもう結花さんを悲しませたりしないし、今度は何があっても僕が全力で彼女を守るつもりでいる。
第一、君にそんなことを言われる筋合いはない。これは、僕と結花さんの問題だ」

早くここから立ち去れと、殺気を込めて睨みつける俺を浅野は真っ直ぐに睨み返してくる。
…ムカつく。結花に酷いことしたのに、何でこんなに堂々としてんだろ、こいつ。
殴りたい。殴って、蹴って、ボコボコにしてやりたい。そうすれば少しはスカッとするのに。
…結花が悲しむから、やらないけど。
俺、結花に背負い投げとかされんのヤだし。

業「…筋合い?何言ってんの。俺、結花の彼氏なんだけど。いじめっ子から彼女を守るのも、彼氏の役目でしょ」

…そうだ。海に沈めちゃえばいいんじゃない?暴力じゃないし、こいつも二度と結花の前に現れないし、一石二鳥じゃん。

浅「…君にしては随分とまともな大義名分だな。気に入らなければすぐに暴力を振るう不良が、平和に恋人ごっこかい?
…赤羽、君は結花さんに釣り合わない。君みたいな人間が、結花さんの隣にいて良い筈がない」

…やっと本性を現した。結局、俺が結花と一緒にいるのが気に食わないだけじゃん。
それにしても…。
“釣り合わない”、ねぇ…。
それはいつも、結花が言うことだった。
『私なんかが、カルマくんの彼女でいいのかな』
…結花はよく、そう言う。
『浅野くんと…付き合ってた頃は、全然気にしなかったの。周りの人もお似合いだねって言ってくれたし、あっちでは成績が全てだったから、学年で二位の私が一番、浅野くんに近いんだって云う、変な自信もあったの』
…結花以外に、俺が傍にいたいと思う子なんていないよ。
そう言って抱き締めると、結花は少し恥ずかしそうに話した。
『カルマくんは、私がちょっと不安になるくらい、素敵な人だよ。私は、カルマくんの傍にいられることが、今までで一番幸せ』
顔を真っ赤にする結花を思い出して、もう少しでにやけそうになる。
…危ない危ない。
俺は今、その可愛い結花の天敵と対峙してるんだった。

浅「…急に黙ると気味が悪いな。それとも、僕をどうやって負かそうか考えていたのか?」

…結花との回想に入ってただけだし。
訝しげな表情をする浅野が、何故か憐れに思えてきた。
きっとこいつは、結花のあんな可愛い顔を知らないんだ。

浅「暴力で負かそうとしても無駄だ。僕には武道の心得もある。君みたいな不良、僕の相手にもならないよ」
業「へえ…じゃ、本当に相手にならないか試してみる?」

…ちょっと頭に来た。
結花にはあとで謝ろう。喧嘩なら俺だけが悪者にはならないし。
とにかく今は、こいつを平伏させるのが先。
…ボコボコになった浅野の姿を想像して、俺の口元に先ほどとは違う種類の笑みが浮かびかけた、その時。

神「業くん、結花ちゃんが探してたよ?」

たったっ、と走ってきた神崎さん。
俺と浅野の放つ険悪なムードに気付いてすらいないのか、いつもの穏やかな笑みを浮かべて俺を呼ぶ。

浅「………今日は帰ることにする」

浅野は何故か、そんな神崎さんを見ると少し逡巡し、背を向けて山を下りていった。

業「神崎さん、ナイスタイミンg…」
神「ねえ業君。どうして浅野くんに拳を握ってたの?まさか、喧嘩するつもりだったなんて言わないよね?結花ちゃんが悲しむもの。業君がそんなことするはずないわよね…?」

…浅野が去った理由がやっと分かった。あいつは見抜いてたんだ。神崎さんの笑顔に隠された、このどす黒いオーラを。
…やばい。俺、なんか今、死亡フラグっぽいもの立ってるかも。
…そもそも俺が馬鹿だったんだ。“俺だけが悪者にはならない”…?
あいつと俺の立場がそもそも平等じゃないのに、何でそんな考えが出来たんだか。
暴力沙汰を起こした不良と、その被害に遭った優等生の生徒会長。
…大人はいくらでも都合のいい解釈をする。そんな事、分かりきってたはずなのに…。

業「神崎さん、ごめん…俺、」
神「謝るなら私じゃなくて結花ちゃんに、ね?」
業「…うん」

いつもの純白の笑みに戻った神崎さんに頷いたところで。

『あ、カルマくーん!どこに行ってたの?帰りにケーキ買いに行こうって言ってたのに…』

俺を見つけて駆け寄ってきた結花。
その手には二つの鞄が握られていた。…一つは結花、もう一つは俺の。
早く行こうと急かす結花から、鞄を二つとも取り上げ、代わりに俺が結花の手を握る。

『え、ちょ、カルマくん、自分のくらい持つよ!!』
業「いーから。急ぐんでしょ?」

ニッと笑って手を引けば、少し拗ねたように、でも嬉しそうに笑う結花。
…本校舎の前を通るとき、こっちを見る浅野が一瞬視界に入り、俺は優越感を隠そうともせず笑ってやった。

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