切原赤也×丸井ブン太
「おーい!赤也いるー?」
教室中に響く声。
クラスメイトが「丸井先輩がお呼びだぞー!」と野次をとばしてくる。
丸井先輩が来るのはいつものことだから皆慣れたもので、今更驚いたりはしないが、最初の頃はいろいろと言われたものだ。
あの赤也を迎えに!?とか、もしかして目ぇつけられたのか!?とか、赤也がなんかしたんじゃ…とか。
「赤也?手が止まってんぞ」
はっとして横を向くと、隣に先輩が立っていた。
どうやら考え事をしているうちに帰る支度をする手が止まっていたらしい。
「あ、すんません。……よしっ。部活、行きましょ?」
支度を終え、立ち上がる。
すると意外な一言が返ってきた。
「今日部活ないってよ。理由は…えーっと、あー……忘れた」
「そうなんスか!?じゃあどっか寄って帰りましょーよ!」
そうだな、と先輩も嬉しそうに笑う。
多分もともとそのつもりだったのだろう。
教室を出て歩きながら、どこに行くかを相談する。
といっても、ほとんど話しているのは先輩だが。
「今日丁度行きたかったケーキバイキングの割引あるから、そこ行こうぜ」
そこは美味しいと評判だったし、先輩が決めた店なので異存はない。
それに先輩の喜んでいる顔を見ることができる。
今から何を食べるか考えている先輩の姿はとても微笑ましかった。
不意に先輩が立ち止まる。
そしてしきりに何かを探し始めた。
嫌な予感が俺の脳裏をよぎる。
しばらくたったが探し物はなかったらしく、先輩は涙を湛えた瞳で俺を見上げてきた。
「赤也…サイフ、忘れちゃった………」
ああ、そんな顔で見ないでくれ。
どうせこの人は俺がその顔に弱いのを知っててやっているんだ。
「あーうまかった!やっぱあそこのケーキ最高っ」
俺と先輩の腹の中とは対照的に、俺の財布の中身は空…とまではいかないものの相当減っていた。
割引券がなければほとんど空になっていただろうけれど。
でも俺の財布の中の事なんて、先輩が喜んでいるのを見ていると些細な事のように思えてしまう。
なんだかんだ言って結局奢ってしまうジャッカル先輩の気持ちがわかったような気がした。
いつまでも一緒に居たくて寄り道をしながらゆっくり帰っていたけれど、気付いたらもう先輩の家の前まで来てしまっていた。
絡めていた指を離して、先輩は家に入ろうとする。
「あのっ…」
思わず呼び止めてしまったが、次にかける言葉が見つからない。
そんな俺を見て先輩は呆れたように笑った。
「ったくしゃーねぇなぁ。この寂しがり屋め」
先輩は俺の前まで戻ってくると、俺のネクタイを引っ張って顔を近づけて乱暴に口付けてきた。
「…今日のお礼。じゃーな!」
怒っているような、照れているような声色でそう言うと、呆けている俺を置いて今度こそ家に帰っていった。
先輩は俺に背を向けていたが、少しだけ見えた横顔は心なしか赤かった。
乱暴だったけれど、先輩からの初めてのキス。
素っ気なかったのもあの先輩のことだからきっと照れ隠しだ。
やっぱり、俺がそういうことをされるとなんでも許してしまうのを先輩はわかっているのだろう。
それでも嬉しくて、単純な俺の頭の中からは綺麗サッパリ財布の中身の事など消えていた。
(何鼻の下のばしてんのよ。気持ち悪い)
(ひでぇよ、姉ちゃん!)
▽
前サイトから。
2009.01.21
2011.11.03 修正