鳳長太郎×丸井ブン太(鳳長太郎×?前提)/企画01三昧様提出
ガシャンと観客席の一番前のフェンスに寄りかかってテニスコートを見ると練習試合はもう始まっているようだった。
後輩達はいつもと違う場所だからか相手が相手だからか、生き生きと楽しそうに見える。
こちらは自分がでれるわけでもないし、ほとんど口出し出来ないから面白くないことこのうえないのだが。
「あーつまんねー。暇、暇、暇!」
そう声にだすとペチ、と頭を叩かれた。
「こら。後輩が頑張ってるのにあまりそういう事を言うんじゃないよ」
幸村くんにたしなめられては黙るほかない。
今日は氷帝との練習試合。と言ってもメインは1、2年生で3年生は保護者のような立場である。
まぁ受験勉強の息抜きに来てもいい、そんな程度だ。
後はそろそろ2年生、主に赤也に3年生がいなくなる、その事を自覚させるためでもある、というのはわかっている。
わかっているが、つまらない。
「丸井さん丸井さん」
ちょんと肩をつつかれて振り向くと、向かい側のベンチで指示を出しているはずの長太郎が立っていた。
「お暇なら一戦しません?」
「お前、あっちにいなくていーのかよ」
胡乱気に見つめると長太郎は首を横に振った。
「指示は一通り出してきましたし、日吉と樺地がいますから」
俺の質問の真意を理解しているくせに、あえてずれた答えを返される。
あっそ、とラケットを手に取ると長太郎は嫌みなほどさわやかな笑みを浮かべた。
幸村くんに事情を話すと、面白そうだねと審判をやってくれることになった。
長太郎は一人で来たし、ジャッカルはなんだかんだで雑用をやっているしでシングルだ。
たまには本気でシングルスやってみるか、などと考えつつ俺はサーブを打った。
「つかれたー…やっぱ駄目だな…」
試合が終わり、そのままコートに寝転がる。
日差しに目を細めていると、視界が陰った。
「何言ってるんですか。俺1ゲームしか取れなかったのに」
「……ちょっと前だったらストレートで勝ってたよ」
しかもダブルス専門の後輩相手にこんなに疲れる事は無かった。
これは自信でも驕りでもなく事実だ。
普段はジャッカルを走らせているからわからないかもしれないがスタミナはあったし、シングルスもかなり出来たのに。
「やっぱ腕なまってんな……」
長く息を吐き出して起き上がろうとするが、いまいち気力が湧かない。
もういっそこのまま転がっていようかと思う俺の前に手が差し出された。
「どうぞ」
その手を暫く見つめてから、俺は顔を見ないようにして手を借りて立ち上がった。
横に立っているこいつはどうせまたあの笑みを浮かべているのだろう。
「あ、そういえばここって立海の人たちの家の近くなんですよね?」
「そーだけど?だから氷帝はわざわざホテルとったんだろ」
皆がいるコートへ歩き始めると長太郎は当たり前のように横に並んだ。
「俺、久しぶりに丸井さんちに行きたいんですけど」
顔に視線を感じるが俺は目を合わせない。
「それで?」
「泊めてくれますよね?」
顔を覗き込まれて仕方無く足を止め、そのまま静止。
「……わかったよ」
ため息と共にそう言って顔をそらし歩き始める。
礼を言う長太郎は屈託なく笑っていた。
帰る前に連絡を入れておいたからだろうか、家はいつもより多少は綺麗にされていた。
「兄ちゃんお帰りー!」
「ちょーたろーだー!」
リビングに着くなり、ドタバタと弟たちが寄ってくる。
いつものように適当にいなして2階の部屋へ向かうと長太郎も弟たちの相手を止めて着いてきた。
「荷物はそこらへんに置いといて。多分もうすぐ夕飯だから下行こう」
夕飯は実に和やかに進んだ。
長太郎は俺の家族からの評判がとてもいい。
きっと人当たりがいいから大概誰にでも好かれているのだろうが。
パタリとベッドに倒れ込み天井を見上げる。
「結局何がしたいんだよ……」
あいつだってホテルにいるはずなのにわざわざ泊まりにくるなんて。それをわかっていながら泊めてしまう俺も俺だ。
もう自分のことも長太郎のこともわからない。
こんなに頭を悩まされるのならいっそのこと先に寝てしまおうかと布団を被る。
そのまま眠りに身を任せようとした時、ガチャリと部屋のドアが開いた。
「丸井さん?寝たんですか?」
「寝た」
「起きてるじゃないですかー」
ごろりと長太郎に背を向けると何を思ったのか、長太郎は俺のベッドに潜り込んできた。
「……お前、なんのつもりだよ」
布団敷いといただろ、と言うがそんなことには構いもせずに後ろから抱き込むように腕を回される。
嫌だと身を捩るが体格でも腕力でも負けていては逃れられるわけがない。
「なんだか寂しそうに見えたので」
風呂上がりの温かい呼気と共に、耳のすぐ後ろから声が入り込んでくる。
「俺のせいですよね……。すみません」
そんなこと、欠片も思っていないくせに。
いかにも殊勝に謝る声に流されてしまいそうになる。
「だからお前は嫌いなんだよ」
「だから…ってどうしてですか?」
既に質問する声には面白がるような色がにじんでいる。
「性格悪いうえにたちも悪い。仁王なんかはもとから胡散臭い分まだまし。でもお前は周りを完璧に騙してる。誰もお前が腹ん中で周りを嘲笑ってるなんて思いもしない。無意識だったら許せる事も意識してやってるから最低なんだ。でも周りはお前が無意識に…悪気なくやってると思うから許すんだ」
「へえ…的確ですね」
少し驚いたように言うが、どうせこれすらも楽しいのだろう。
「流石丸井さん。聡い人だから気付くかなぁと思ってたんですよ。まぁ結構賭けだったんですけど。だから俺、かなり気をつけてたつもりだったんですけど、どこでわかったんです?」
「俺が最初っから嫌いだった胡散臭くなさすぎる笑い方」
「あれで?」
かなり他人受けがいい笑い方だったんですけどねーと、残念さを全く感じさせずに残念と言う。
「でも、あの人みたいに全く気付かないか、気付いても知らない振りをしてればまだ優しくしてあげれたのにね」
長太郎の優しいは優しさじゃない。ただの暇つぶしと処世術だ。
こいつはそれを優しさと言う。気付いてないあいつもきっと長太郎を優しいと思っているだろう。
いや、気付かない方が幸せなのかもしれない。
そうすれば普段の長太郎が自分にとっての真実でいられるのだから。
「で、これからどうすんの?別れる?賭けの結果はわかっただろ」
諦めに似た気持ちでそう言った声は強張っていた。
こんな奴なのにまだすがりつきたいのかと自分に呆れる。
「まさか!初めて本当の俺に気づいた人ですよ?あなたは。簡単に手放せるわけないじゃないですか。見た目も性格も好みですし、第一、丸井さん俺のこと好きでしょう?
あー…楽しすぎて壊しちゃわないかは心配ですけど、まぁある程度は保ちますよね」
あはは、と笑いながらそんなことを言う、これがこいつの本質だ。
なのに、なんで。
「なんで、お前なんか…っ」
なんで好きになってしまったんだ。
なんで、嫌いに、なれないんだ。
微かに出た声は震えていた。
「愛してますよ、丸井さん」
逃がさない、離さない、とでも言うように一層強く抱き締められる。
止めてくれ、どうすあいつにも同じ声で同じ言葉を囁いているんだろ。
違うのはこっちの受け取り方だけだ。
そうわかっていても、こいつの言葉に雁字搦めにされてしまう俺は、弱い。
ぎゅっと胸が苦しくなって、つ、と涙が伝った。
枕に顔を埋めて嗚咽を押し殺す。
どんなに良かっただろう。
この涙と共に、溶けて、蒸発して、消えることが出来たなら。
でもそんな願いは叶わない。
だって、俺は、
にんげんだから。
(人魚姫は泡となって逝きました)
▽
前サイトから。
個人的に鳳宍前提鳳丸だったりします。
2009.10.23
2011.11.03 修正