全身に血が巡る音がする。
遠くから微かに聞こえる喧騒を打ち消して上書きして、速かった心音が徐々に緩やかになっていくのと同調するように、私の昂った感情も静まってった。
私が黒田に触れてからどれくらい経っただろうか。スンと鼻をすするのももう何回目がわからない。時間に換算すればさほど長くはないんだろうけど、お互い言葉を発さないままでいるせいか、一分一秒がやたらと長く感じた。
こんなとこで何やってんだって怒りそうなのに黒田は何故か黙ったままで、ただ私を抱き締めている。さっきは髪の毛に触れられただけであんなにも気持ち悪かったのに、黒田に触れられるのは不思議と嫌じゃない。まだ少し荒い吐息に汗で少し湿気たシャツ、もしかして黒田は私を探して走り回ってくれたのかな。って黒田がそんなことするわけないか。
気持ちが悪いどころかむしろ心地良いような気さえする肌に感じる温もりと黒田の匂いには精神安定剤でも含まれてるのかも、なんて私は黒田の腕の中で見当外れなことを思った。なんだかんだ言うわりに黒田は悪い奴じゃないんだって、根は優しいいい奴なんだって薄々気が付いていた、ただ気付かないふりをしていただけで。認めてしまえば黒田を嫌いだって言えなくなっちゃう。私は黒田が嫌いなんだから、って私はどうして黒田が嫌いなんだっけ?嫌いでいなきゃ、ダメなんだっけ...
いっそのことオレのお陰で助かったんだからっていつものドヤ顔をしてくれれば、そしたらやっぱり黒田なんて嫌いだって思えるのに。いつもみたいな水掛論を始めてよ黒田、ねぇなんで何も言わないの?

「千歳が無事で良かった...」

そんなことを考えていると黒田がやっと口を開いた。聞こえるか聞こえないかくらいの小さい声でぼそっと呟かれた言葉は幻聴だろうか、それと一緒に一層黒田の腕に力がこもって私は黒田にきつく抱き締められる。身体全体がぎゅっと締め付けられるのと同様に、私の心臓も。

(な、んで、今そんなこと、黒田が言うの...)

痛い。心臓が痛い。
そういえばさっき私、助けて黒田って思った。荒北先輩じゃなく黒田って。絶体絶命のピンチで一番に思い浮かんだ銀髪、私の心の奥底に眠る深層心理が求めてたのは黒田だった...?
嘘だ、嘘嘘、こんなのってない。
違う、そう、これは吊り橋効果ってやつ!だからドキドキしてるだけで、助けて黒田って思ったのだってきっと大した意味なんてない。さっきまで一緒に居たのが黒田だったからたまたま!そう、たまたま!だから、私が好きなのは荒北先輩で、黒田なんかじゃない。
必死に思い浮かんでしまった仮定を打ち消そうとしている間に気付けば涙は止まってて、私が黒田の腕の中にいる理由は無くなった。そうだ、黒田のあのむかつく顔を見たらこの心臓の痛みは消えるはず。背中に回した腕を黒田の前に持ってきて涙で濡れた胸を押す。すると私の背中にあった黒田の腕も離れて、私はゆっくりと黒田を見上げた。むかつくあの顔をしてると思ってたのに、予想は覆されて思わず息を飲む。
眉を曇らせながらも口元に微笑を浮かべた黒田がグローブ焼けした指で私の目尻に残ってた涙を拭って、骨張った手の甲で頬を撫ぜた。

「ーーーっっ...っあ!たこ焼きがっ!」

我に返った第一声がお礼でも無くたこ焼きだなんて酷すぎる。きっと黒田もそう思ったに違いない。
思いっきり黒田から視線を外して私は足元に転がったたこ焼きとケーキに飛び付いた。そうでもしないと熱くなってきたこの顔を黒田に見られてしまう、それだけはどうしても避けたかったのだ。ばか黒田があんな顔して私を見るのが悪い。その手で私に触れるのが悪い。もう全部全部黒田が悪いんだ。
心臓が痛いのも顔が熱いのも。
ーーーもしかして私、黒田のことが好きなのかもって思うのも。

「...お前、今たこ焼きの心配とか...
 しかも2パック買うとか食いしん坊かよ...」
「泉田くんが焼いてくれたたこ焼きだもん
 あぁソースが...1パックあんたにあげようと思って
 買ったのに、そんなこと言うんならもうあげない
 ...ってもう食べられる状態じゃない、ね...」
「〜〜ッバァカ!ソース漏れてるだけなら...
 お、中身は無事だし全然イケっだろ
 ...ん、うめーよコレ、まだあったけーし
 ほら、お前も食えば」

私が拾い上げたたこ焼きのパックを片方奪い取ると、黒田は迷わずそれを開けて中のたこ焼きを一つ爪楊枝ですくい上げるとそれを頬張る。それからその爪楊枝でもう一つたこ焼きを持ち上げて、私の口に差し出した。

「...おいひぃ」
「な、塔一郎たこ焼き好物だから
 あいつ焼くの超プロなんだよ」
「え、意外
 泉田くんがたこ焼き食べてるとこ想像つかない...」
「最近は節制とか何とかで食べてねーからな
 流石に今日は食べんじゃねーの?」
「好物我慢するとか大変だろうなぁ...」
「筋肉バカだから塔一郎は
 千歳だったらまぁ...無理だろな」
「なっ、失礼な!
 好物我慢するくらい私だってやれば、」
「お前チョコとか飴とかよく食ってっけど
 それ我慢出来んのかよ?」
「っぐ...やれば出来...いや無理かも...」
「っは!だろうな、千歳チョコ食ってる時
 すげー幸せそうな顔して...あ、いや別に
 見てたとかそゆんじゃねーよ!?
 たまたま目に入ったの覚えてただけだからな!?」
「そんな必死に言い訳しなくても...
 わかってるよそんなの」

わざと何も無かったみたいに振る舞って、私たちはその場に並んで座ってたこ焼きを食べた。
あえて何も言わないでいてくれるのは黒田なりの優しさなんだろうか。ぬるくなったたこ焼きを食べながら、私の心の中に何かが芽生えた。見当外れなことを思ってみたって、どんなに必死に消そうとしたって、それはきっと本当で、認めたくなくてももう消えない。何がなのかはまだ黒田には言えないけれど、代わりに少し素直になれる気がするよ。

「ねぇ黒田」
「んだよ」
「ありがと、ね」
「...おー」



モノクロ*ノーツ 21
吊り橋効果は本物 / 2017.12.28

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