背中を押されて行き着いたのは、猫足の可愛いバスタブが置かれたバスルームだった。

白を基調とした部屋の中、唯一金色に光るその足が印象的でなんていうか、お洒落の一言に尽きる。
そういえばお兄さんのお店ってことは、職業はデザイナーか何かなんだろうか?だとしたら、このお洒落さにも納得がいく。
さっき着たばかりのYシャツを脱いで、きっと洗濯するんだろうけど、なんとなく綺麗に畳んだ。Yシャツにコーヒーだって、思い出して笑ってしまった。

バスタブの中に入ってクロスハンドルの蛇口を回すと、大きめのシャワーヘッドから水が出てくる。まだ冷たい水を避けながら、それが暖かくなるのを待った。バスタブの中にしゃがみ込んで水を外に散らさないように、ユニットバスっていうのは不便でしょうがない。
私の家のユニットバスなんかバスタブとトイレが真隣に配置されていて、気をつけたってお風呂上がりはトイレがびちゃびちゃになっている。
そういう点ではイギリスのお風呂事情って考えものだ。単に文化の違いなんだけど、こればっかりは許容出来ない。うちのバスルームもここみたいにゆとりがあれば、そんなこともないんだろうな。

ふと壁に備え付けられた棚に目をやると数種類のボトルが並んでいて、同居人がいるのが窺える。お兄さんのお店の上の部屋ってことは、きっとお兄さんと住んでるんだろう。
だけど一つ、見慣れたピンクのボトルがそこにある。
これは一体誰のだろう?
それなりのお値段がするこのピンクのボトルのメイク落としは基礎化粧品くらいは奮発しようと思って買った私のそれと同じ物で、ということは女の人も住んでるのか、あるいは泊まりに来るんだろうか。

もしかして彼女がいたり、するのかな。

改めて思えば、私は裕介くんのことを何も知らない。
知っていることと言えば、同じ大学に通っていること。イギリスにお兄さんと、日本に妹さんがいること。そのお兄さんのお店の手伝いをしていること。ロードバイクに乗ってて、箱学自転車部と知り合いなこと。
たった、それだけ。
一線を越えてしまっただけで、誰と住んでいるのか、彼女がいるのかさえ知らない。当然誕生日だとか血液型だとか、好きな食べ物だってわからない。
なんとなくネガティヴな気分になって、暖かくなったシャワーを頭に浴びせた。
ここから出て帰路につけば、昨日のことは無かったことになるんだろうか。裕介くんは、無かったことにしたいと思ってるかな...
こんな始まりの関係が今後も続くなんて思えないし、もしそれを私が望んだところで叶うとも思わない。
笑って彼に、昨日のことはお互い忘れようと伝えよう。うん、そうだ、それがいい。もうお終いなんだと思うと胸が痛いけど。
一目惚れならぬ、一夜惚れ?
たった数時間側にいただけなのに、
私の心は裕介くんに囚われているーーー



Jack spider 12
bathroom / 2017.06.24

←11 back next 13→
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -