「悪ぃ、オレら先に帰るな」

酔っていたとはいえ、大胆なことを言ってしまったような気がする。
支払いを済ませてから出がけに巻いてきたストールを千歳の首に巻いてやって、別テーブルでよろしくやってる集団に声を掛けて店の扉を開けた。
真っ暗な夜空、今日は新月だったのか。酒で火照った体に吹きつけた風が冷たくて気持ちいい。けど首元がちょっと寒いっショ。
ぽつりぽつりと灯る街灯に照らされ、石畳を踏みしめて自宅へ向かう。少し後ろを歩く千歳はさっきまでは饒舌だったのに何故か静かで、すれ違う車の音しか聞こえない。

「...大丈夫か、寒くねぇ?」
「ん、大丈夫。裕介くんこそ寒くない?
 ごめんね、ストール借りちゃって」
「これくらい平気ッショ
 それに言うならごめんじゃなくて、ありがとうショ」
「そうだね、ありがとう裕介くん」
「...ショ」

ゆっくり歩いているつもりだが、ちゃんとついて来てっかな。ちらりと後ろを見やると桃色に頬を染めた千歳はニコリと笑うと、口元を隠すようにストールのたるみを持ち上げた。
5分も歩けば酔いも少し醒めてきて、オレは改めて考えてみる。

(これってもしかして、お持ち帰りってやつショ...?)

あぁ、次の講義でさっきまで同じ空間にいた奴らに会えば、何を言われることだろう。想像するだけでもゾッとする。幸い明日は休日で講義もないし、特になんの予定もない。
いやだから何だっていうんだ、落ち着け裕介!
別にそういうアレじゃなくて、ほら、服が。
アクシデントじゃしょうがないッショ、やましい事があるわけじゃないし、あっちだってまさかいかがわしい事をされるなんて思ってない筈。そうだこれはアクシデント、不慮の事故っショ...
思いを巡らせている間に元々の歩行スピードに戻ってしまっていたようで、追尾する足音が小さくなったことに気付いて振り返ると、千歳はさっきよりも後方に位置取っていた。街灯の下で一度立ち止まり、千歳が近くに来るのを待つ。

「悪ぃ、歩くの早かったか」
「大丈夫だよ。それより...やっぱりちょっと寒いかも」
「あぁ服濡れてるもんな、
 もう直ぐオレんちだけどこのジャケットも着...」

自らを抱き締めるような姿で寒いと言う千歳にかけてやろうと上着に手をかけるも、それは思わぬ妨害で叶わなかった。
最初は手の甲に。
それから親指、人差し指、中指と順々に小さくて柔らかい手が絡みつき、祈りに似た形状へ変化していく。
触れ合う手のひらだけやけに熱い。
きゅっと一度だけ握り締めて、千歳はオレを見上げて微笑を浮かべ一言だけ口にした。

「あったかい」

これ以上は何も語ることなく絡んだ手はそのままに、再びゆっくり歩を進め、角を曲がると兄貴の店が目に入る。店の入り口とは対角線に位置する2階の階段へと繋がるエントランスに足を踏み入れれば、カツンカツンと2人分の足音が響いた。
26段の階段を登り切って廊下を数歩、閉ざされた白の扉を開けるためポケットから鍵を取り出す。繋いだ利き手はなんとなく離したくなくて、思うように動かない右手でキーを回せばガチャリと音を立てて扉は開いた。
終始無言のまま千歳を中へ引き入れて、ここからはオレのテリトリーなわけだが...どうするッショ。
柔らかい手に意識を全部持っていかれて考えることすら忘れてた、えーとたしか目的は...
そんな思考は、ひとまずドアを施錠しようと向き直り千歳と目があった瞬間あっさり全部吹き飛んでった。潤んだ瞳に引き寄せられるように顔を近づけると、千歳はゆっくりその瞳を閉じる。
繋いだ手より柔らかい唇は、ペアサイダーの味がした。



Jack spider 06
hold hands / 2017.05.29

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