無い物ねだりだなんてことは分かってる。
分かっていても熱望してしまうのは悲しい女の性なのだろうか。
無気力にソファに身を任せ、ぼんやり見ていたTVに映る今流行りのイケメン俳優が、情感たっぷりに囁く愛の言葉に私の胸は酷く焦がれた。

『好きだ、愛してる...もう離さないから...』

別にそのイケメンが好みだとか、そんなことは微塵もないのに、少しドキッとしてしまう自分が憎い。
このシーンのヒロインが私でイケメンが私の彼氏だったらな、なんて思ったりして、むしろ脳内変換してみたりして。はぁ、そんなこと現実に言われた日には私はきっと死んでしまう。
僅かばかりの期待と共に隣に腰掛ける彼を横目でちらりと見てみたけれど、何食わぬ顔した彼の視線は薄明るい光を放つ液晶にあって、まぁ分かってたことけど胸キュンイベントは発生ならず。
そもそも好きだとか愛してるだとか、はじめが口にしたこと自体これまでにあったっけ?
記憶を手繰り寄せても、思い浮かぶのは私の声が紡ぐ「好き」の言葉と黙って頷くはじめの姿。

え、嘘、まさか。
いくら何でもそんなことって...
一度くらいあったはず...否、無い。
って反語の例文じゃあるまいし。

さほど詰まってない脳みそをフル稼働して記憶のページを捲っても捲っても、目当ての台詞は見つからない。
そうだよね、元々はじめは口数も少ないし、いつだって会話の8割はきっと私が喋ってる。それに不満があるわけではないけれど、私だって「好きだ」の一言くらい言われてみたいよ。

「...はじめ」
「?」
「あの...」

小さくその名を呼ぶとTVにあった彼の視線が私に向いた。
どうした?って言われてないのに、はじめの瞳が語ってる。言葉に出ない分、彼の言葉は表情に乗るのだ。
あんまり真っ直ぐ私を見つめてくるから、何となく気恥ずかしくなって私は彼から目を逸らす。そしてもごもご口を濁して、あぁもう!自分で言った方が結局は早いじゃない!?なんて心の中で自身の分身が叫んだ。
ーーー全くその通りである。
でもそれじゃ、意味ないんだってば!

「...何でも、ない」

結局出てきたのは諦めの言葉で、同時に微かな溜息が漏れた。
はじめが私を好いていてくれてるのは知ってる、瞳を見れば分かる。だから言葉にしてくれなくても充分でしょう?好きって言ってと私が言えば、はじめはそれに応えてくれるだろう。でもそれはきっと本心じゃないし、私ははじめの心からの言葉が欲しいんだし...
自分に言い聞かせるみたいに心の中で唱えながら、またTVに視線を戻すと恋愛ドラマはいつの間にか終わっていて、見慣れたCMが流れていた。
手持ち無沙汰になった私はローテーブルに置いたマグカップに手を伸ばし口に運んだけれど、中身は空で当然喉の渇きは満たされない。
そうだ、さっき飲み切ったんだった、すっかり忘れてた。空のカップを仰ぐなんてカッコ悪い。私動揺し過ぎだよ何やってんの。
はぁ、飲み物淹れてこよう...
二度目の溜息と一緒にソファに埋まった腰を持ち上げる。しかし一瞬浮いたお尻は再び軋むスプリングの上、掴まれた腕に伝わる体温ははじめのーーー

「千歳、好きだ」
「...っ!?え、っな...」

鳩が豆鉄砲を食らったみたいに目を丸くして、パクパクと動くだけの口から出たのは言葉にならない言葉。
私に触れてるはじめの熱が腕から肩へ、首を通って顔に至る。熱くなってく私の顔を見て、はじめは軽く笑みを浮かべると、

「言われなくても、見れば分かる」

そう言って私をぎゅっと抱き締めた。
ゴトリ、大きな音を立ててマグカップが落下したけど今はそれどころじゃない。TVの声も聞こえないくらい煩く響く心音のなか、はじめがまた私の名を呼ぶ。欲しかった言葉と共に。

どうやら私も彼同様、顔に出やすいタイプらしい。

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