自転車漬けの毎日はあっという間に終わってしまった。

ひたすらペダル回した3年間、いや正しく言や2年と少しか。
そんときは必死で、時には辛くて「あっという間だった」なんて感想一つで語れるもんじゃないはずなのに、サドルから下りている今振り返ってみると、ありきたりにもそう思う。
色々あったなって語彙力のない頭持ち上げて天を仰いでみると、視界に広がる真っ青な今日の空は、あの日の空とそっくりだった。青に透ける掠れた薄い雲、照り付ける太陽は馬鹿みたいに暑くて、じりじりと肌が焼けてく感覚に胸が騒めく。

って、たかが十数日前の話なのに、何ノスタルジックに浸ってんだ。スポーツ漫画の最終回か!作者の次回作にご期待下さい、てか!

───自分で自分に突っ込むとか、何やってんだオレ。

こつん、と小石を蹴り飛ばしたら乾いた畦道に砂埃がたった。あ、クソ、このスニーカーそこそこ高かったっつのに。白の生地がうっすら茶に染まる。アスファルトばかりを踏みしめていて、すっかり忘れていた地面の土感に辟易しながらも、どこか懐かしさを感じながら靴先の埃を払った。

そういえば部活部活で碌に帰省もしてなかったな。
実家ですらそうなんだから祖父母の住むこの田舎に来るのなんて尚更、一体いつ振りだ?中2...以来...?記憶すら曖昧だ。
久しぶりのはずなのに目に映る景色は記憶の中のそれと全然変わらねぇ、良くも悪くものどかな風景、田んぼばかりの田舎道。
時期的に今は干からびちまってるけど、この田んぼに水が張ってりゃきっとおたまじゃくしがタピオカドリンクのそれみたいにゴロゴロいて、そうそうこの辺でよくおたまじゃくし狩りしてたよなオレ。懐かしさにしゃがみこんで稲の根元を覗き込むと、湿気と一緒に田んぼの生温い独特の匂いがした。
カエルとかヤゴとかアメンボとか、何でそんなもんにテンションが上がってたんだか今のオレにはわかんねーけど、当時のオレは網と籠持って走り回ってた。毎年夏の楽しみだったんだ。
虫捕り、川遊び、神社のささやかな縁日に、年に一度ここでしか出会えないアイツ───

そうだな...
童心に返って思い出巡りでもすっか。
することねーし、この辺なんもねーし、暇だし。

よっこらせと立ち上がって一歩進めば、雑草の隙間からショウリョウバッタが跳んで出てくる。ザ・田舎!って感じのそれがなんでか可笑しくて、口元緩めながらオレは田舎道をひたすら進んだ。

*

改めて見てみれば新しい発見もあったりで、一人田舎巡りは思いの外いい時間潰しになった。ガキの頃はあんなに高かった橋も、今じゃ川に飛び込むにはちょうどいいくらいの高さになってたし、オレが秘密基地作ってた茂みは今でもどうやら使われているらしく先週号の週刊漫画が隠されてたりもして、妙に感慨深くなる。
たまにはこゆのも悪かねぇなって、のんびり時間過ごしてる間に日は傾いて、空はすっかり色を変えていた。人っ子一人居なかった畦道にちらほらと人影も見えだして、そいつらはみんな同じ方向に向かっている。
あぁそういや、今日神社で祭があるってばーちゃんが言ってたような。
懐古に浸りすぎて神社の存在をすっかり忘れてたオレは、疎らな人波に乗って小さな山の上を目指す。あの神社も変わらず健在なんだろかと、はやる気持ちを抑えながら。

*

結論を言えば、そこもオレの記憶のままだった。
長い長い急な石段登って境内まで辿り着くと、人口の少ない集落なのに住民全員来てんじゃねぇかってくらいに祭りは既に賑わっていた。
出店は5軒、焼きそば、たこ焼き、りんご飴、それから射的に金魚すくい。たったこれだけ。
どの出店も繁盛してて、一番近くにあったりんご飴の屋台を覗き込んでみる。
最近のりんご飴屋台みたいにぶどうとかいちごとかりんご以外の飴なんかない、でかいのと小さいのだけが並べられた懐かしのスタイルで、

『でかいのは無理だろ、小さいのにしとけって』
『でも大きいのがいいんだもん、食べれるもん!
 すみません、大きいの一つください!』
『食いしん坊かよ...』
『う、ぅ...硬い...あっ!!』
『...だから言ったろ小さいのにしとけって。
 あーぁ、もったいね。りんご飴砂まみれに、』
『っ...ぐすっ...』
『っは!?な、なにも泣くこと...
 ほら、小さいのオレが買ってやるから...
 次からは小さいの買えよ!』

そんなこともあったなって、オレは並ぶりんご飴を見て思い出した。毎年夏、田舎に帰って来たらいつも一緒に遊んでた、オレより活発でお転婆で、バカみたいに明るい女のことを。
下の名前しか覚えてないし、顔ももううろ覚えだが、りんご飴が好きだったことは覚えてる。虫捕ってるときだって、川遊びしてるときだって、いつだって全力で楽しそうにしてたけど、りんご飴を前にしたときだけは違った。きらきら目ぇ輝かせながら、美味しい上に宝石みたいに綺麗ってすごい、だなんて呟いて、あぁコイツも女だったんだなってオレはその時思ったんだ。
アイツ、オレが帰って来てない夏も、ここでりんご飴買ってたんだろか。

「「すみません、小さいりんご飴ひとつ」」

無意識に出た声が隣と重なった。
なんつータイミングだよ。驚いて視線を横に流すとそこには朝顔柄の浴衣を着た女が立っていた。どっかで見たことあるような...

「...もしかして、ユキ、くん?」
「っえ、あ、千歳...?」

なんつータイミングだよ!
つい同じ突っ込みを心の中で繰り返す。
オレの記憶の中の千歳はもっとこう、ボーイッシュだったはずで、なのに今の目の前にいる千歳と名乗る女はまさしく女だ。いや前から千歳は女だろ、何考えてんだオレ。
纏め上げられた髪、後れ毛が首筋に少し。小銭と引き換えに小さいりんご飴を手にした千歳は呆然とするオレににこりと軽く微笑んだ。

「そう!久しぶりだねユキくん、何年振り?」
「あー...っと、どんくらい振りか覚えてねぇな」
「...4年ぶり、だよ。それにしてもユキくん、
 変わらないね。私すぐ分かったよ」
「...千歳は、」

すごく、変わったな。

「ん?」
「っ、変わってねーよ、お前も!
 相変わらずりんご飴好きかよ、まぁ小さいの
 買うようになってるだけ成長はしてんのな?」
「ふふん、そうです私も少し大人になったのです」

いや、大人はそれくらいでふふん、とか言って誇んねーから。変わったのは見かけだけで中身は千歳のまんまだ、ちょっと意識しちまったオレ馬鹿みてー。

「私はもう帰るんだけど、ユキくんはお祭りこれから?」
「あー...や、オレももう帰る」

早速りんご飴を舐め始めた千歳に反射的にオレはそう返事してた。さっき来たばっかだってのにオレは何を口走って、

「そっか!じゃあ途中まで一緒に帰ろ、
 いつものバス停のとこまで。積もる話もありますし」
「特にねーな」
「うそっ!?あるでしょ?あるよね?
 4年の間何してたーとか!」
「ははっ」

くるくる目まぐるしく変わる表情、ちょこまかオレの周り動き回る千歳の姿に思わず笑い声が出た。屋台で賑わうゾーンを抜けると、空が暗くなってきてるのに気付く。
先を行く千歳に付いてってると千歳はご機嫌に、私はねぇ、とか言いながらオレを振り返った。なぁ足元、と言おうと口を開いた瞬間、千歳の下駄が石畳と砂利の境目を踏んでバランス崩した千歳の身体が前のめりになる。
バカ千歳、やると思った。そそっかしいとこも変わってねぇよ、お前。

「あぶね、ちゃんと足元見ろよ」
「あ...ありがとユキくん...」

千歳支えるのに咄嗟に抱いた身体は思ってたより華奢で、ちょっと会わない間に結構身長差がついてる。千歳ってこんなに小さかったか?
オレから身を離した千歳はその場に立ったまま、持ってたりんご飴で顔を隠した。全然隠せてねーし、それ。
数歩進めばもうそこは長い下りの石段、固まってる千歳追い越して今度はオレが先を行く。

「階段、そのカッコじゃ危ねーから」
「...うん」

唇が、りんご飴に触れてたせいかやけに赤い。先に2段降りたオレが石段のてっぺんの淵に立つ千歳を見上げると、何故がやけにそれが目に付いた。
露骨にオレから目を逸らした千歳は差し出したオレの手をぎゅっと握りしめる。
段差気を付けろよって声をかければ、千歳は小さく頷いた。
ゆっくりと一段一段石段を降りてく度カラコロと千歳の下駄が鳴る。柄にもなく黙り込む千歳は俯いたまま、りんご飴みたいに頬を真っ赤に染めていた。
気付いてしまったら最後、千歳の手からそれが伝染したみたいにオレも顔が熱くなってくる。
な、んだこれ、千歳相手にオレは一体、千歳だぞ?木登ってセミ捕まえて得意げに笑ってたあの。そのへんの男より活発で、女だって忘れるくらい...の...
理由つけてぽっかり浮かび出て来た感情を認めまいとするけど、顔上げた千歳と目が合った瞬間、その抵抗は無駄だと悟った。

4年越しの再会、綺麗になった幼馴染と過ごす高校最後の夏。って、何だそれ、ドラマかよ!
でもま、悪かねぇかって落ち着かない心音身体中に響かせながら田んぼばかりの道を行く。
繋いだ手は離さずに。



candy apples / 2018.08.05
企画提出物 / 黒田雪成で「夏祭り」

short menu
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -