「ふゥん…」

ペラ、ペラ、と紙が捲られる音に紛れて吐息交じりの声がした。目の前のデスクに半分体重を預ける荒北先輩の眉間に刻まれた皺は相変わらず深いままで、あぁまたやり直しだなって、そんなの言われるまでもない。
もう何度目のリテイクか考えたくもなくて、いっそこの場から履いてるヒールも御構い無しに、全力ダッシュして逃げようか。頭を掠めた私のしょうもない発想に「いやそこは考えろよバカチャンが!逃げても無駄だっつーの!」って脳内の先輩が言う。妄想の世界でも怒られるって、私って本当、

「で、ココは?詳しい数字出しとけっつっただろ
 あとココ、具体案がヌルいやり直しィ
 そんでココ、誤字脱字ィ!」
「はい…すみません…」

───無能だ。
先輩の細長い指先が資料を叩くたびに身体が震える。萎縮したこの身がスモールライトを浴びたみたいに小さくなってってるんじゃないか、なんて錯覚。先輩が恐いっていうのもあるけど、それ以上に自分の不甲斐なさに泣きたくなった。
熱くなってく目頭、歪み出す視界、誤魔化すことも出来ずに俯けば、ほらまた溜め息が聞こえる。これだから女はって、きっと言われるんだ。

「…あンま根詰めんなヨ。まぁ頑張ったじゃナァイ?
 もちっと色々足ンねーけど」

予想だにしなかった言葉に思わず顔を上げると、荒北先輩はただでさえ細い目をさらに細めて私を見ていた。さっきまであった深い皺は無くなっていて、代わりに片方の眉毛と片方の口角が上がってる。

「次、期待してっからァ」

そう言うと先輩は私の横を通り過ぎてオフィスから出て行った。
トン、と先輩の手が触れた、肩が熱い。突き返された紙の束を胸に抱いた私はその場に突っ立ったまま、気付けば瞳の中の水分はすっかり消え去っていた。

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -