あの時彼女がボクにそうしてくれたように、ボクもただ静観していようと思っていた。
敗北の苦しみ、絶望、それはボクも痛いほど知っている。第三者の言う慰めなど何の糧にもならないし、行き場もなく昇華出来ない感情は自分で処理するしかない。だからボクは何も聞かずに黙って彼女の隣に居る。きっと彼女もボクにそれを求めているだろうから。

青かった空が段々と赤みを帯びてくる。煩かった蝉の声も気付けば鈴虫の羽音に変わっていって、日差しも少し弱まってきた。
沈黙のまま、どれくらいこうしていたんだろう。このままボクが黙っていれば、きっとすぐに日は暮れてしまう。
───もうそろそろ帰ろうか。
そう声を掛けようと、ボクは彼女の横顔を見下ろした。すると視界に飛び込んできたのは、口を噤んだまま真っ直ぐに前を見据えた彼女の頬に一筋残る痕跡。重力に従い伝う雫がきらりと輝く。ボクの薄く開いた口から音を持たない吐息が漏れた。
嗚呼、君はなんて美しい───

「っ!ご、めん...
 違うんだ、ボクは、こんなつもりじゃ...」

彼女の流す涙があまりにも綺麗で、無意識の内に彼女の唇に自身のそれを重ねていた。唇が離れてボクの視界を埋め尽くしたのは驚いて目を丸くする彼女の姿で、ボクは何て事をしてしまったのかと一瞬にして血の気が引いた。
どうしてこんなことを、ボクの理性はどこに消えた?こんな形で彼女に触れてしまうなんて、自己嫌悪で消えたくなる。
それなのに彼女は、恥ずかしそうに頬を染めながらもボクに暖かい笑みを向けたんだ...


最速の槍が心臓を貫いた。
痛みはない、ただ幸福な気持ちがこの身に巣食う。
もう一度だけ...
柔らかい頬にそっと触れると彼女は静かに瞳を閉じた。
二度目のそれはチョコレイトのように甘く、ゆっくり開かれた瞳とまた目が合えば、ボクはまた君という名の恋の沼に落ちるんだ。

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