「呼ばれて飛び出てじゃじゃじゃじゃーん」

立て込んでいた亡者の判決がひと段落して、一度執務室に戻ろうと踵を返した時だった。
真っ赤な三角のバンダナを首に巻いた雪鬼が閻魔殿の大きく太い柱の影から飛び出してくる。いつも着ているはずの白の着物は脱ぎ去って、半裸になっているその鬼は、ほ〜ぅという掛け声と共に鬼灯に向かって行った。

「...別に呼んだつもりはありませんでしたが」

彼に文をしたためたのは昨日の今日のことで、恐らくそれを読んですぐに出発したのだろう雪鬼・春一は八大地獄来訪に浮かれている。
暑さに弱い春一はいっそのこと全ての衣類を脱ぎ捨てたいところだが、目の前の鬼神がそれを許さない。以前それをしてぶちのめされそうなったことを彼は生涯決して忘れないだろう。
イエス、パンツイズモラルの合言葉と共に。

「そう冷たいことゆーなよぅ
 僕もたまには八寒から出たいんだよぅ」
「はぁ、そうですか...まぁいいでしょう
 早速ですが春一さん、八寒地獄の湖から女性が
 入った氷塊が出現したという噂は本当ですか?」

大きなリュックを背負った観光気取りの八寒獄卒に情けなどかけるはずもなく、鬼灯は本来の目的を呼び起こさせるよう春一に尋ねた。

「もうこんなとこまで噂が広まってんのか、本当だよぅ
 こないだ僕が発見したんだ、朝シャン中に」
「湖で朝シャン...」

あっけらかんと春一はそう言ってのける。
事実であったことに、また厄介事が増えたと鬼灯から溜め息が出る。しかしその落胆よりも、春一の朝シャン発言が鬼灯は気になった。
あの極寒の湖で、シャンプー...だと...?
狂気の沙汰ではないか、なんだ此奴。
さすがの鬼灯も少し引いている。
それが通常運転と言わんばかりの春一は何も気にすることなく話を続けた。

「朝シャンすんのに湖に穴開けんだけど、
 そんとき氷塊が浮き出てくるときがあんだよぅ
 それがこないだのはいつものよりでっかくて...
 かき氷にでもしようかと思って引き上げてみたら、
 中に女がいたんだよぅ」

あの極寒で更にかき氷?
八寒の雪鬼みんながそうなのか、それとも雪鬼の中でも規格外の変人の彼だから成せる技なのか。
それは定かではないが、もういちいち突っ込むのも面倒である。鬼灯は事を円滑に進めるためグランドスルーを決め込むことにしたのだった。

「ではその氷塊は摩訶鉢特摩にあるんですね?」
「湖の横に置いたまんまだよぅ」
「一度視察に行く必要がありそうですね...
 春一さん、案内をお願いしても?」
「りょーかいぃ。あ、でも八大観光、」
「仕事優先、八寒に戻りますよ春一さん」
「折角来たのに!?鬼かよぅ!」
「鬼ですが何か?」

大きなリュックをむんずと掴み、鬼灯は表情一つ変えることなく問答無用でそれごと春一を引きずって行く。
とんぼ返りなんて嫌だよぅ!と叫ぶ春一の声が、広い閻魔殿の中に響き渡っていた。



色鬼の氷結 壱ノ弐
雪鬼来襲 / 2017.07.06

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