校門までの登り坂を最後の力振り絞って一気に駆け上がる。練習の終わりはいつもそうだ。
日が沈むギリギリまでペダル回して坂を登りきった先、オレンジ色に染まった新緑を揺らしながら通り抜ける風がオレの首元を掠めてく。
もう少しすればアスファルトが降り注ぐ熱を照り返す季節になる。大汗をかきながらも、まだこれぐらいの暑さなら心地良いと思ってしまうオレは自転車中毒なのかもしれない。ま、丸2年箱学チャリ部のエグい練習量こなしてきてんだ、そう思うのも不思議じゃねーよ。
はち切れんばかりに震える大腿二頭筋を軽く撫でてラチェット音響かせながら部室までの道を進んでいると、その傍らに最近よく見かける影があった。
並ぶ木々の中、一際大きな桜の樹の下の木陰に座るそいつは、いつもぼんやりと何をするでも無くただ何かを眺めている。
例えばそいつがオレらチャリ部を見る為にそこに居るんだとしたら、東堂さんが居たときよくファンクラブの女達がたむろしてた校門下の広場に陣取るだろうし(東堂さん無き今でもたまに真波目当ての女が居たりする)そこに姿がある度につい見ちまうけど、オレとそいつの目線が合ったことは今まで一度もないってこたぁ、恐らくチャリ部目当てではないんだろう。

一体何のつもりで、んなとこに居んだろか。

初めてあいつを見かけたとき、あの桜の大樹はまだピンク色してて、風に乗って舞う花びらに包まれる女の姿にオレは風情を感じたような気がする。...もしかして桜の木の精、だったりすんのか?そういえば誰もあいつの存在に触れないし話題にも上がらないし、実はオレ以外には見えてないとか?...って、んなワケあるかよ馬鹿かオレは!ファンタジーか!桜に夢見過ぎか!

───何だよあいつ本当、気になんだろ...

黒髪が木漏れ日を浴びて少しだけ青みがかって見える。端正な顔はどことなく眠たげで、触れたら消えてしまいそうな儚さを帯びる。あの瞳と目が合えば、オレはその中に吸い込まれちまうんじゃねーか。
そこまでいきゃ妖精どころか妖怪だな、とか思いながらそいつから目が離せないでいると、オレの心読んだみたいにそいつの目線がオレに突き刺さる。
ゆっくり立ち上がったそいつは意味深に微笑を浮かべると、大樹の陰に姿を隠した。
...は、嘘だろ、まじで妖精か妖怪の類なのか?や、実体はあるだろ木の後ろに隠れただけで。でも実体がある妖精っていんのか?じゃあ妖怪?あ、目が合っても大丈夫だったから妖怪、ではないか。じゃあ何だ?考えれば考えるほど訳がわからなくなる。
落ち着いてきてた心臓がまた跳ね出してるオレが一つだけ言えるのは、あいつの正体が何であれ、オレの心は奪われてしまってる。───それだけだ。

*

例のあいつと目が合ってから幾日か経ったが、あれ以来あの木の下に彼女の姿は見かけなくなった。本当に妖精の類だったのか、オレの妄想幻覚だったのか。
あそこによく女がいんの、知ってるか?
塔一郎でも拓斗でも誰でもいいから聞いてみりゃいいのに、真実が明らかになるのが怖くてオレは聞けないでいる。情けねーな黒田雪成、何日和っちまってんだか。
今日もまたもう無い姿探して、チャリ押しながらあの大樹を見る。

「....妖精の類なんなら姿見せろよ
 会いたいっつってんだろバカ」

言ったってしょうがない言葉を呟いてみるが、当然効果なんてない。あー馬鹿みてぇ!くっだらね!アスファルトに転がる小石蹴っ飛ばしたら、部室のほうへ真っ直ぐ高く、思いのほか美しい軌跡を描いて飛んでいく。
カツン、落ちた小石は転がって、コロン、誰かの靴の先っぽにぶつかった。

「げっ、わり!大丈夫だったか」
「わ、すごい、ナイスシュートですね」
「...あっ!?」

足先から視線上げてくと、そこに居たのはオレが探してた姿で、

「すみません、部外者は立ち入り禁止でした?」
「あ、や、別に...」
「そうですか、よかったぁ!
 まぁ部外者ってわけでも、ないんですけどね」
「...は、」

にこりと微笑み浮かべたそいつはあの時みたいにまた意味深で、実在した、とか、何でここに、とかやかましい思考に苛まれるオレを余計に混乱させる。
部外者じゃない?は?どういうことだ、説明、

「あれぇ?千歳ちゃん?何でここに?」
「何でじゃないでしょ!
 今日は早めに上がらせてもらってって朝言ったのに!」
「えー?そうだっけ?忘れてたや、ははっ」
「ははっ、じゃないよ!
 すぐそうやって笑って誤魔化して!!」

しろよって言うまでもなく、オレの全ては部室に戻ってきた真波が掻っ攫ってった。
あいつは実在する女だった、と気付かされたと同時に真波の関係者なのだと理解する。しかも、この距離感は他人のそれとは違う、もっと親密な何か。
後輩の、彼女。
頭ん中に浮かんだ単語に、上がった気分は一気に落ちた。

「そういうわけなんで黒田さん、オレもう帰って
 いいですか?千歳ちゃん、怒らせると怖くって」
「誰のせいで!...すみません、えと黒田、さん?
 ちゃんと言っといたのに伝わってなくて...
 お兄ちゃん!ちゃんと謝って!!」
「あは、すみませーん黒田さぁん」

あ?今、なんて?

「...お、お兄ちゃんだぁ!?」
「あれぇ、言いましたよね?今年入学した妹の
 千歳です。ほら、そこの木の下によく居る」
「お兄ちゃん山ばっかりで見張ってないと
 帰ってこなくなるから!」

そう言われれば、どことなく似て...るような...
整った顔立ち、青みがかった髪の毛、でっかい瞳。
系統は少し違うが、確かに...って、はぁぁぁ!?妹!?!?んだそれ!!

「っんなの聞いてねーよ!!言えよ山岳!!」
「えー?言ったつもりでしたぁ、すみませーん」

へらへら笑う真波の横で、呆れた顔してる千歳。
そうか、実在すんのかって安堵しつつ、目の前で繰り広げられてる光景に目がくらむ。

気になってた女は、後輩の妹でした。
なんてオチ、あってたまるかよ!!



she is / 2018.06.01
"(捏造ですが)黒田くんが好きになった美少女は
真波くんの妹だった〜みたいなの"

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