夜空が、光る。

耳をつんざく轟音と、風に乗せた火薬の匂いと、肌に纏わりつく熱気。首が痛いくらいに頭上を見上げて、言葉を発することもなく、私はただそれを眺めていた。
何日も前から何度も着付けの練習をして、苦手なヘアアレンジに1時間、ナチュラルだけど盛れるメイクに1時間かけた。どれほど私がこの日を楽しみにしていたのかなんて彼が知るはずがないのも、こういう人混み必至のイベントを好まないのも分かってるけど、それでも一言、今日可愛いなとか浴衣似合ってるとか、せめて花火綺麗だなくらい言ってくれたってバチは当たらないと思う。
期待はしていなかった。
なんて、そんなのは当然嘘で、断られるだろうなって思ってたのに一緒に花火大会に来てくれた時点でもしかしたらもしかするかもって私は期待してしまっていたのだ、普通のカップルがしてる馬鹿みたいに甘い時間を。
手を繋いだりとか、たこ焼きあーんしてみたりとか、そういう些細な願いすら叶わなかったし、彼は待ち合わせ場所で会ってから今までずっと眉間に皺を寄せたまま。

───ねぇ、私今日すごく楽しみだったんだよ、靖友

それなら最初から「花火大会ィ?ンな人多いトコ行くかボケナスがっ!」とか言ってくれたほうが良かった。変に期待して裏切られた気分になって、折角一緒に花火を見れてるのに感動よりも悲しみの方が大きいなんて、不毛にも程がある。ため息なんか吐きたくないのに息をするみたいに漏れ出しちゃって、あぁでも花火の音のお陰で靖友の耳には届かないのは不幸中の幸いなのかな。
赤青黄色、色とりどりの火花が散り際に輝いては消える。パラパラと粉になって舞い落ちて、まるで私の心のようだ。

「───っ、」

空を見上げる私の横の、靖友の口元が動いた気がした。
彼の視線は同じく打ち上がる花火にあるから、私の気のせいかもしれないけど。

「え?何か言った?ごめんね、聞こえなかった」

花火の光を浴びる靖友の顔色も色とりどりで、私を横目で見下ろす彼はまた口をぱくぱく動かす。声は、聞こえない。
ねぇ、何?
そう言うとまた靖友は口を動かしてはくれたけど、やっぱり何を言っているのかは聞こえなくて、耳だけでなく身体ごと彼に身を寄せた。
目を細めた靖友の顔が私の顔に近付いてくる。何を言うのだろうと耳を澄ましたけど、彼の唇は物は語らず、更に降下すると私の唇に触れた。

「...ソレ、似合ってるっつったのォ」

離れた唇が私の耳元でぼそり、もうあと少しで花火大会が終わるっていうこの時に、今更そんなこと言うの?
何でもっと早く言わないのって思う、それ以上に靖友の言葉が嬉しくて何か恥ずかしくて、視界の端に映り込む靖友の横顔さえ見れず、私は空を見上げることが出来なくなった。

ドン、ドン、地響きみたいな音は花火の音だろうか、それとも私の心音だろうか。
頬が紅に染まっているのにもし靖友が気付いたら、花火の光のせいだよって言おう。
私は心にそう誓った。



fire works / 2018.05.19
"荒北さんと花火大会"

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