前に定時で上がれたのはいつだったか...

ンな不毛なことを頭の片隅に思い浮かべながら、オフィス街を抜けた先の繁華街を歩いていた。
定時から1時間半過ぎたとはいえ、いつもより早く帰路につけたのをいいことに、たまにゃ一杯ひっかけっかなって立ち並ぶ呑み屋を見渡しながら、オレは今どの店にしようかと品定めしている。
つーかそもそも毎日終電近くまで働いてるっておかしくナァイ?ぜってェ弊社はブラック企業だ。口に出しては言えねェけど。
今日だってクライアントの不手際がなきゃ終電コースだったに違いない。入りたくて入った会社とはいえ、20時前にして既に一次会解散の流れになってると思しき居酒屋前にたむろす団体を見てっと公務員にでもなりゃ良かったなって思っちまう。定時って何だヨ。まァ残業代つくだけマシか。って思う時点で最早オレはいわゆる社畜ってヤツになってんだろう。世知辛ぇヨ、世の中ってのはさァ。
ハァ、と溜息吐いた流れで落ちた視線の先、でかでかと飲み放題1,280円!と掲げられたデカイ看板の影に地下へ続く階段が見えた。
このビル地下もあったのかと何となく看板に寄って階下を覗き込むと、地下の扉に気取った筆記体で何か書いてある。辛うじてBarの部分だけは理解出来たが、それ以降のアルファベットは何て書いてあるんだかサッパリわかんねェ。店名くらいわかりやすくしろボケナスが。
なんて悪態吐いてるクセに、オレの直感が今日はココだっつってる。小洒落たバーで仕事帰りに一杯とか大人ンなったよなァってしみじみ思いながら、オレは狭い階段をゆっくり下りた。


カランカラン、扉を開けるとどっかで聞いたことのある懐かしい音がした。
近代的な建造物の地下に、こうもシックで古臭い、というと言い方が悪ぃな。なんつーかレトロとかアンティークとかクラシックとか、カタカナで言えばそんな感じの空間があるとは思ってもみなかった。これは中々、オレの直感も捨てたモンじゃねー。
静かな店内には、店の雰囲気同じく落ち着いた佇まいのロマンスグレーのバーテンが一人、カウンターの端に女が一人。
オレと目が合ったバーテンは、見た目通りの渋い声でいらっしゃいませと呟くと、7席あるカウンターの真ん中に座るよう促した。それに従ってハイスツールに腰掛ける。

「お決まりですかな」
「アー...じゃあジントニック」
「かしこまりました」

言葉少なにバーテンは微笑むとオレに背を向けた。
この店は初めてかとか、いつもはどういう店でどんな酒を飲むのかとか、普通のバーテンなら何か声掛けてきたりすんのに、このバーテンはそうじゃない。余計な詮索してこねェのはポイント高ぇ、気に入った。あとは酒の味が良きゃリピート決定だな。思わぬ収穫に口元が緩む。
隣の女もそういう店が好みで一人でしっぽり飲んでンだろうなとかふと思って、2席隣をちらりと見ると、女はコースターの上でグラスを揺らしながら中で泳ぐライムをじっと見つめていた。
真っ赤なルージュにきりりとした目元に走るアイライン、いかにも仕事出来そうなキャリアウーマンって感じ、お高くとまったクソエリートのニオイがする。

「お待たせしました、ジントニックです」

そういう女がいんのがまたこの店に妙に似合う、いつもあの席に座ってそうな気さえした。
目の前に置かれたグラスを手にして一口。お、味も合格、リピ決定。喉を流れてく炭酸が心地いい、疲れた身体に染み渡るぜ、ってオレァおっさんかよ。
一口どころか二口三口、美味い酒ってヤツはどうしてこうも進んじまうんだろうか。一瞬にしてグラスの中身は半分になる。

「ふふ、お兄さんいい飲みっぷりね
 良かったら私に付き合ってくれない?」

グラスを置くのと同じくらいのタイミングで、見かけとはイメージの違う、少し高めの優しい声で女はオレに言った。
キツめのメイクも笑ってれば悪くねェ。一杯飲んだら今日のところは帰ろうと思ってたが、長らくご無沙汰なオレの下心が顔を出す。

「...いいすよ、オレでよければァ」

そう答えると、女はグラスを持ってオレの傍までやってくると横目でニコリと微笑んで、隣のスツールに腰掛ける。
カラン、氷が落ちる音がした。



gin lime / 2018.05.16
"社会人荒北さんとバー"
"荒北さんとBARで一夜を過ごす夢主さん"
"荒北さんと大人のお姉さん"

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