パチン、弾ける音がした。
それは騒がしい教室内ではよくあるような、誰もさして気にも留めないくらい小さい音だったのに、どうしてオレの耳に止まってしまったんだろうか。
言うなればそれが、運命ってやつだったのかもしれない。

音源は間近にあった。
斜め前の席、視界の端にあった女の背から何か紐のようなものが落ちた気がする。さっき聞こえた音の原因は恐らくそれだ。
アイツ背中に爆弾でも積んでんのかよ。
なんて、馬鹿げたツッコミを頭の片隅に思い浮かべながら、視線をそこに置いたままぼんやりしてると、綺麗に編み込まれた黒髪がはらはらと解けてった。
解放された髪の毛は、さっきまで編まれてたって言われても信じられないくらいに真っ直ぐで、跡なんか残っていない。波打つそれは例えるなら絹糸のようで、しっとりとした光沢を放っていた。
あぁ、さっきの音は髪留めてたゴムが切れた音だったのか、と認識しながらオレはそこから目が離せなくなった。というのも、何を隠そう(いや別に隠しちゃねーけど)オレには黒髪フェチの気がある。
漫画雑誌の巻頭のグラビアが黒髪ロング、更には少し清楚系だった際には漫画そっちのけでそれを凝視する程度には好きだ。つって改めて思えば、気があるどころか割とガチで性癖なんだろな。
だからこそオレは今少し残念な気分になった。
何でかってと、急に髪が解けてその場でわたわたと慌てふためいている女はクラスに居ても居なくても気付かないくらい存在感のない根暗な本の虫だからだ。声に出しては言わねーけど、多分クラスメイトの大半はきっとそう思ってるだろうし、失礼だがオレもそう思ってる。
折角理想の黒髪が目の前にあんのに、あの根暗眼鏡かってガッカリすんだろ?後ろ姿は完璧なのになぁ、とか思うだろ普通!
とはいえオレだってそこまで酷い男ではないので、落っこちたゴム紐拾ってやって、未だおたついているソイツに差し出す。オレの存在に気付いた白崎の眼鏡の奥の焦茶の瞳と目が合った。

「っあ、えっ、」
「そこ落ちてたぜ。これお前んだろ」
「あ、ありがとう黒田くん...」
「おう」

オレを見上げながらもきょろきょろオドオド、なんかどっかで見た事あるよな動きをする白崎。
どこで見たんだっけか...
あ、あれだ、総北の眼鏡、確か小野田っつったか?眼鏡かけてるヤツは皆こんな動きすんのかって言っちまえば世の中の眼鏡ユーザーに失礼かもしんねーけど。

「...髪ゴムって」
「あ?」
「急に切れることってあるんだね、私こんなこと初めてで
 代えのゴム持ってたら良かったなって...その...」

オレが心ん中でそんなこと考えてたら、白崎が急に喋り出した。視線を泳がせながら、相変わらず挙動不審。それでもどうにか会話を成立させようとしてくる。
どういうつもりなのかは知らねーけど、んな姿見てっと何かこう、いじりたくなるっつーか。

「運が悪かったな。誰かに借りりゃいいじゃねーか」
「だ、誰かとは」
「友達とか。...もしかして友達いねーの?お前」
「い、ます!」
「へぇ、誰だよ」
「5組に一人...」
「はっ、一人かよ!しかも他クラス!
 お前さぁ、本ばっか読んでっから友達出来ねんだよ
 取っ付きにくすぎだろ、外見からして。真面目か!
 今みたいに髪下ろして、そうだな...その野暮ったい
 眼鏡外しゃ、ちったぁ絡みやすくなるんじゃねーの?」
「あっ!ちょっ、黒田くん!」

オレは冗談みたくそう言って、白崎から分厚い眼鏡を奪い取った。咄嗟にオレに手を伸ばす白崎をさらりと躱して、オレはそれを介して世界を覗く。
うっわ、やっべ、全部が歪んで見える。
これは相当度がたけーわ。こんなのつけたらオレの目がやられちまう、さすが本の虫。

「うっわ、全っ然見えねー!
 お前どんだけ目ぇ悪いんだ、よ...」

かざした眼鏡下ろして白崎を見た。
そこにいるのは白崎で間違いないはずだった。いや、間違いない、のに、そこには見たことない女が座ってる。
誰だよ、このオレの好みドンピシャな女。こんなやつクラスに居たっけか?つーか白崎どこいったんだよイリュージョンか!

「それないと本当に見えないから黒田くん...!」

その声、白崎...
は?白崎?これが?マジか...
眼鏡外したら実は美少女でしたとか、少女漫画か!まさかのノンフィクションかよ嘘だろ...

「あ、あぁ、わり...」
「...ほんとに髪下ろしてたら友達出来る?」

あり得ない展開にオレの内心は大荒れだっつーのに、当の本人は何も知らず、受け取った眼鏡撫ぜながらオレを見上げてくる。
裸眼の破壊力やべぇ、んなの反則だろ。

「...そだな、少なくとも一人は」

誰が白崎を根暗眼鏡だっつったんだよ、あぁオレか。
手のひら返しもいいとこだって思うが、この衝撃は全くもって不可避だ。オレのもんにしたいって思っちまったんだからしょうがない。

パチン、弾けたあの音は、恋に落ちる前触れだったのだ。



bookworm / 2018.05.12
"黒田くんと文学少女"

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