「ありがとうございました、お気を付けて」

自動扉の向こう側はまさに真夏の世界だった。
終始にこやかに対応してくれたショップのお姉さんに深々と頭を下げて、少し寒いくらい冷房がよくきいたお店から一歩外に出ると、茹だるような空気が私に纏わりつく。7月始めでこんなに暑いというのなら8月はどうなってしまうんだろう、考えただけでも恐ろしい。
昨日ちーちゃんと委任状をもらいに来て、今日もまたこの携帯ショップに足を運んだ私は、ついに5年間使用したらくらくホンからスマートフォンへの機種変更に成功した。
握り締めたスマートフォンはまだ少し冷たいままで、指で画面の上をなぞると現在地と天気と気温が表示される。
天気は晴れ、降水確率0%、気温33度。
33度!?そりゃ暑いや、ってそんなこともわかるの?スマートフォンって凄い、どういう仕組みなんだろう。
早速スマホになったよってちーちゃんに連絡を、と思って教わった通り電話帳を開く。えっと確かこのアイコン、わっ、ととっ、段差に躓くとこだった。

(これが噂の歩きスマホ...!)

ニュースでも散々言われているそれを実際に体験して感動した、というと誰かに怒られそうだけど、私今スマホを持ってるんだ夢じゃないんだって思うと心が踊ってしまう。でも本当に危ないから、気を付けなくちゃ。
周りに注意を払いながら一歩進んで1タップ、も一歩進んで1タップ。ずらりと並ぶ連絡先からちーちゃんの文字を見つける前に、あいうえお順の一番上にあるそれが目に付いた。

「荒北さん...」

ごめん、ちーちゃん。
機種変終わったら一番に連絡するねって言ったのに、私の指が無意識にそこをタップしてたよ。

これまでまともな携帯電話を使っていなかった私に、電話帳のデータがちゃんとコピー出来ているか確認してもらえますか?とお店のお姉さんがスマホを差し出した。私はどうしていいか分からなくて、ただ画面を見つめたまま、その場で石像のように固まっていた。
そもそもお年寄りや子供でも簡単に扱える携帯と銘打たれたそれを5年も使ってきた私に何の説明もなくスマホを操作してみせろというのが無茶な話で、そもそもボタンがないし、スマホなんだからボタンが無いのは当たり前なんだけど、触れば反応するっていうのは理解はしててもどこに触れていいかなんて分からない。もし間違ったところを触ったらこんな精密機械のことだ、機種変早々壊れてしまうかも...
根本的な操作すら分からず変に緊張して生唾を飲む私を前に、お姉さんはふふっと優しく微笑むと、イチから丁寧に、基本設定からメールの打ち方、アプリのダウンロードの仕方まで教えてくれた。

ーーーお姉さんには本当に感謝しかない。
また何かあったら絶対あのショップに行こう。

私はお姉さんが教えてくれた通りにスマホを操作しながら、そう思った。
ボタンを押すのと同じように文字の部分をタップしたらいいんだよね?えっと...

す、ま、ほ、に、な、り、ま、し、た

おぉ、出来た...!スマホも案外簡単なのかも?
上手く出来て思わず顔が綻んでしまう。この調子でスマホに慣れて、荒北さんと念願のLINEを!次に会ったら友達登録?をお願いしよう。どうやったら出来るんだろう、ちーちゃんに聞けば分かるかな...

「白崎チャァン!!」

もう一度電話帳に戻ってちーちゃんの連絡先を探していると、私の名前を呼ぶ声がした。私の聞き間違えでなければ、あの声、まさか...いやいや、幻聴だよきっと。
そう思いながらも、素早く画面から視線を上げて辺りを見回す。
横に流れる景色の中に見えたのは、鮮やかなブルーグリーンの華奢な自転車。黄緑色と水色のストライプ、洋南と大きく書かれたサイジャを身に纏った男の人が、そこに居た。
夏の蜃気楼か何かなんだろうか?メールを送った瞬間に現れてくれるなんて、幻覚にしたって都合が良すぎる。
目の前の光景を信じられず棒立ちする私に、荒北さんは更にこう言ったのだ。

「どっちでもねーヨ、白崎チャン
 いいからちょっとコッチおいでェ」



AとJK 5-5
ワンステップ・ワンタップ / 2018.05.10

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