呪文のような解説を聞きながら、私は黒板の上の時計と睨めっこしている。ぐるぐる回るあの秒針が、あと何回回ればこの授業は終わるんだろうか。
毎日毎日繰り返される退屈な時間に大きなあくびを一つして、ちらりと隣の席を横目で見ると、彼はいつものように頬杖をついて静かに目を閉じていた。あまりにも自然で謎のスマート感が溢れる眠り方、いつ見ても感心してしまうよ。よくあのポーズで寝れるよなぁ。私もああやって寝られたら授業も苦じゃないのかも。
羨望と、少しの嫉妬を孕んだ目線を送ってみるけど、当然彼がそれに気付くことはない。もし今先生に「おい黒田起きろ!」とか言われたりしたら、さすがの彼も驚いて飛び起きたりするのかな。ちょっとそんな姿も見てみたいな。
なんてことを勝手に想像して頬を緩ませていると、私の願いが叶ったみたいに黒田くんの肩が大きく揺れた。何か夢でも見てたんだろうか、閉じてた目が大きく見開かれる。その目の先に、同じく驚いて目を皿にする私。お互いびっくり顔して見つめ合って、あれこれ一体何の時間?
目を丸くしたままの私なんてお構い無しに(というか最早私なんか無視して、と言った方が正しいかもしれない)黒田くんは私から視線を逸らすと何事もなかったかのように板書をノートに写しだす。
おぉ、目覚めてもなおスマート。黒田くんって見た目通りクールなんだな。
そういえば隣の席になって結構経つけど、いつも寝てるから黒田くんと話したことってあんまりないなってふと思った。むしろ話したことなんてあったっけ?思い出してみるけど記憶に無い。
お昼時間にやたら大きな人とマッチョの人と楽しそうにご飯食べてるのはよく見かけるけど、私って全然黒田くんのこと知らないや。いや別に知りたいとかそういう訳ではないんだけど、ただ何となく、隣の席なのに黒田くんのこと何も知らないなって漠然と思っただけだ。他意はない。
でも目が合ったんだし、何か一言あっても良かったんじゃないかな?おはよう、とか。おはようはちょっとおかしいか、グッモーニン?ってそれ同じ意味だし!
そんな考えたって意味の無いことに頭を捻っていると、何かがシャーペン持った私の手を飛び越えてノートの上に着地した。え、何これ、ゴミ?
違う、八つ折りされたルーズリーフだ。
投げ込まれた方向を見てみれば、隣の彼とまた目が合った。窓から入る光で銀髪をキラキラ輝かせながら、彼は何も言わずに顎でそれを指す。
ん?え?読めってこと?もしかしてこれって手紙??
指示通りに飛んできた紙を開いてみると、大きな紙に小さく一言。

『さっきのは見なかったことに』

走り書きみたいな文字なのに、それすらスマートに見えるって一体黒田くんって何者?単に私が彼に対してそういうイメージを持っているからそう見えるだけなのかもしれないけど、彼の一々の所作が私には整って見えるのだ。やってることはその辺の女子高生と一緒なのに。
って、黒田くんも女子高生みたいなことするんだって気付いて笑いがこみ上げてくる。授業中に手紙回すって、それってまさしく女子じゃん!

『さっきのって?』

さらさらと飛んで来た紙に書き込んで、また折り畳む。いくら何でもちょっと意地悪な返事かな。
先生が板書している隙を見て、私は握ったそれを隣の席にそっと投げた。
カサカサと紙が開く音がする。今きっと私が書いた返事を黒田くんが見てるんだと思うと、見てみたいのに隣が見れない。

───何だろう、この高揚感。

ドキドキ?というより、ワクワクが近いだろうか。やってはいけないことをこっそりしてるみたいな、おもちゃの箱をこれから開けるぞ!みたいな待ちきれない不思議な感じ。
そわそわする気持ち抑えてノートの上でペンを走らせていると、さっきの紙がまた私の前に現れた。
来た!返事!
私はすぐさまそれを手にして、机の影でこっそり開いた。

『わかんねぇならいい』

私の字の横にはそう書いてある。
思わず隣を見たけど彼はまたあのポーズに戻ってて、私を見ては居なかった。
何か胸の中がもやっとする。勿体無いことをしてしまった?せっかく黒田くんの新しい一面が見れたかもしれないのに。
頭に過ぎる後悔の念、気付けば私はまた紙に文字を書き込んで、それを彼に向かって投げつけていた。

『びっくりお目覚めしてたこと?それとも...』

それともなんて、他に何もありはしないのに思わせぶりに、私は何であんなこと書いちゃったんだろう。
紙片をぶつけられた衝撃に目を開いた彼の手がそれを開いた。かさかさ、カリカリ、かさかさ。先生の声の裏で微かに聞こえる音にばかり意識が向いてしまう。
そしてまたルーズリーフが私の手元に飛んで来た、どうしよう何か、楽しい...!

『わかってんじゃねーか!つかそれともって何だよ』
『あぁ、そっちね、了解です』
『スルーすんな!オレ他に何か変なことしてたかよ』
『別に何もしてないよ〜』
『嘘くせー! 吐 け 』
『購買の限定いちごオレ』
『調子乗んな、自販機ので十分だろ』

授業もそっちのけで何度も机と机の間を行き来する八つ折りのルーズリーフ、書けるスペースはもうほとんど無い。

『やった!楽しみにしてるね』

私が最後にそう書き加えて彼の机に投げ込むと、校内にチャイムが鳴り響いた。いつ終わるのかと思ってたはずなのに、あっという間に授業は終わった。あぁこの手紙交換も終わりなんだって思うと、もう少しくらい授業受けてたかったなって普段考えもしない思考が頭に浮かぶ。机の上の教材をしまいながら、私は何だか少し寂しい気持ちになった。
どっちにしてももう文字を書くスペースはないし、授業が続いたところで同じことか。そう自分に言い聞かせて教室を出て行く先生を見送っていると、視界の端に白い物体が掠めた。
机に転がる八つ折り、慌ててそれを開いてみれば、

『昼休み屋上な』

狭いスペースに小さく書き込まれた文字。
咄嗟に頭を上げて隣を見たけど、彼は既に席を立っていて、見えたのはストライプの背広と銀色の襟足だった。
思わず口元が緩んでしまうのは、心臓が高らかに脈打ち出してるのは何でだろうか?
浮かんだ疑問の答えを探しながら、私は席に座ったまま離れてく黒田くんの背中をただ、見つめることしか出来なかった。



next seat / 2018.05.01
"隣の席の黒田くん"

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