曇り空からぱらぱらと雨が降り始めたのは5限目がやっと半分終わった頃だっただろうか。
時間を追うほどに雨は強さを増していって、いざ帰寮するぞと昇降口を出る頃には足元はすっかり悪くなっていた。朝のニュースで聞いた予報では、もしかすると雨がちらつくかも、くらいの予報だったはずなのに全く山の天気予報は当てにならないな。
そう思うのももう慣れたもので、私は鞄の中から常備している折りたたみ傘を取り出す。柄を伸ばして傘を開こうと腕を伸ばした瞬間に、ふと二つ隣の出入り口に突っ立って居る男の姿が目に止まった。
男は左右非対称に大口開けて、ざあざあ降る雨を怪訝そうに見上げている。荒っぽく頭を掻くその様はまさに名前の通りだ、なんて思いながら眺めていると、こっちにまで聞こえるくらいに大きくため息を吐いた荒北くんと目が合った。

そのまま数秒、しばしの沈黙。

きっと天気予報を鵜呑みにした彼は傘を持ち合わせていないんだろう。そして私の手には一本の傘、昇降口に居るのは今私たち二人だけ。
傘もささずに飛び出すにはいささか激しい降水量に、悪態を吐きたくなる気持ちも分かる。寮までそこまでの距離はないにしても多分50mも走れば制服は絞れるくらいにびしょ濡れになってしまうだろうし、ここで立ち竦んでいてもきっとこの雨は止まない。
となると方法は一つ、誰かに傘を借りるしかないわけで。
そこに居るのが例えば同じクラスの女子だったのなら、ねぇ良かったら入ってく?って言えたのに、私を見つめているその男は隣のクラスの荒北くんだ。自転車部で、元ヤンの荒北くん。私が知ってる彼の情報といえばそれくらい。
当然会話なんてしたこともないし、なんなら目が合うのだってきっと初めてだ。彼が私の名前を知っているかどうかすら怪しい。
そんな相手に「良かったら入ってく?」なんて言えるないし、荒北くんだって「傘入れてくれないか」なんて言えるわけがないだろう。
ーーーとはいえ目が合ってしまった今、この傘をさして一人雨の中を帰るというのも気がひける。

「あ、の、」
「ア?」
「傘...ないんですか」
「あァ、ウン、まァ...」

意を決して尋ねると、荒北くんは歯切れの悪い返事を私に返した。雨音に混ざって何故か心音が聞こえてくる。どうして私がこんなに緊張しなきゃいけないんだろう、傘を忘れたのは荒北くんなのに。

「...良かったら、傘、一緒に、」

途切れ途切れの片言で呟くと、荒北くんがずんずんと私のほうへと近付いて来た。間近に迫る強面、思ってたより大きな体躯、そういえば彼は野獣荒北とかって呼ばれてたような、とか今になって思い出す。
怖い!やっぱり一緒になんて言うんじゃなかった!
なんて後悔の念に苛まれたところで荒北くんはもう目と鼻の先、更に彼の手が私に伸びてきた。

「...アンガトネ、白崎サン」

咄嗟のことにぎゅっと目を瞑った私に降ってきたのは予想外にも柔らかく落ち着いた低音で、恐る恐る荒北くんを見上げると彼は私の手から傘を奪うとカチリと音を立ててそれを開いた。

「ン、」

言葉少なに差し出された傘に入って一歩足を踏み出せば、小さな折りたたみ傘がけたたましい音を立て始める。
荒北くん、私の名前知ってたんだ。
雨音だけが響く世界で、触れた肩に熱を感じながら、私はぼんやりと思ったのだ。



umbrella / 2018.04.28
"荒北さんと相合傘"

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