「...なぁお前さ、あの噂ってホントかよ?」

放課後の教室で二人きり、日誌を挟んだ向こう側の黒田が突然そう呟いた。
「日直だるいな」「そうだね」とだけ言葉を交わしてからもう何分経ったのかは定かじゃないけど、長らく続いた沈黙を破る最初の一言がそれなんて。あーあ、黒田ってもうちょっとスマートな男だと思ってたのに。

「んー?噂って?」
「とぼけんなよ、お前の耳にも届いてんだろ」

かりかりとペンを走らせながら視線は日誌に置いたままで黒田の顔は見てないけれど、多分険しい表情をしてるんだろな、声色に棘がある。
知らない振りをしただけでそんなに怒られるとも思えないから、恐らく黒田の怒りの矛先は噂の内容だろう。
噂されてる私本人の耳にも「あの女は誰とでも寝る」だなんて聞こえてくるくらいなんだから、私が知らないところではきっともっと凄いことを言われてるんでしょ?例えば知らないおじさんと援助交際してるとか。
さすがにそれは無いけど、誰とでも寝てるのは間違いじゃない。だって気持ち良いコト断る必要なんて無いじゃない?誰が相手だっていいじゃん、そんな細かいこと気にしてどうするの。

「本当だったら?」
「...は、」
「本当だったら何なの?黒田には関係ないじゃない」
「っ関係は、まぁ、ねーけど...」

そんな噂ウソだよ、とでも答えると思ってたのか、私があっさりとそれを認めると、黒田はたじろいで言葉を濁す。
大方私とセックスしたい、ってことなんでしょう?それならはっきりヤりたいって言えばいいのに、黒田って素直じゃないな。
最後に一つ小さな丸を書いて、日誌から黒田へと視線を上げる。窓の外から差し込む光でオレンジ色を帯びた銀髪がキラキラ輝くその下で、黒田は固い表情をしていた。
何でそんな顔、セックスが目的、じゃないの?

「ねぇ、じゃあする?」
「は?」
「したいならしてもいいよ」
「ばっ...ちっげーよ!んなんじゃなくて...!」
「じゃなきゃ何?ただの興味本位?
 単純に噂が本当か知りたかっただけ?冗談でしょ、
 私は誰とでも寝る女だって言ってるのにしないなんて。
 ねぇ、しようよ黒田、私黒田に興味あるんだ実は
 だってこの手、絶対上手い手だもん」

整えられた爪、すらりと長い指、骨張った黒田の大きい手。私ほどじゃないにしても黒田だって結構遊んでそうだけどな、なんて思いながら机の上にあった黒田の手に指を絡めて、上目遣いで黒田を見つめる。
大体の男はこれで落ちるのに、黒田はなおも険しい顔をしたままで私の瞳から目を逸らした。どこか不貞腐れたようなその反応って、もしかして、

「...でもお前、他の男ともすんだろ」
「するよ、だって気持ちイイの大好きだもん
 あっ、でも黒田が私を満足させてくれるんなら、
 黒田だけでもいいけどね?」

煽るようにそう言うと、私に絡む黒田の指に力が篭った。
逸れてた視線が私を見下ろす。その薄墨の瞳の奥が鈍く光って見えるのは夕日のせいかなのか、それとも───

「...その言葉覚えとけよ」

唇に触れる肉の感触と熱に、思わず瞼を閉じる。
あの光は何だったのか、答えはもうわからないけど、黒田の見かけによらない情熱的なキスは私を心底虜にした。

それだけは、確かだった。



rehabilitate / 2018.04.24
"ビッチな噂(事実)のある主人公に
道を正そうとするお節介黒田くんの話"

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