梅雨に入って、今年も雨の季節がやってきた。
停滞した梅雨前線は、今日もしとしとと弱い雨を降り続けさせている。
長袖だった制服も半袖に変わって、夏がもう近い証。
彼と出会った日ほどではないにせよ、普段より人の多い駅でキョロキョロと彼の姿を探すのが日課になっていた私は、今日もホームで帰りの電車を待っていた。
夕方に1本だけ走る女性専用車両のある通学通勤用の電車が来るまで、あと2本電車を見逃さなければいけない。待ち時間は長いけど、ホームに上がってくる人を観察するヒューマンウォッチングはそれなりに楽しいと思ってる。

階段を登りきる前にまた駆け下りていく人。
忘れ物でもしたのかな?
お腹の大きなお母さんの手を引く男の子。
立派なお兄ちゃんになってね。
あの人の電話の相手は彼氏さんかな?
幸せそうな笑顔を見てると私も少し顔が緩む。

一人また一人とホームに人が増えてって、1本目の電車の到着時刻5分前、階段を登る男の人に目を奪われた。
1ヶ月と12日待ち侘びたその人は、腕捲りした白のシャツの上に黒のベストを羽織っていて、私の記憶が間違ってなければあのときの彼のはず。
気だるそうに階段を登りきると、彼はスタスタとこちらに近付いてくる。左手に青い缶ボトルをキャップだけ指で挟むようにぶら下げて、右手で黒髪の頭をガシガシと掻く。
あの時も頭を掻いてたっけ、癖、なのかな。
私に気付いてくれるかな、なんて期待に胸膨らませて、そんなことあるわけないのに、私は長らく待ち望んでいたこの瞬間に舞い上がってしまってる。
白の制服はいつだって良くも悪くも目立つはず、少しでもこちらに視線を向けてくれないかな、これくらいの願いだったら叶うかな?
だけど神様は都合よく何度も願いを叶えてはくれないみたいで、彼はポケットから取り出したスマホに目線を落としてしまう。画面を見つめて怪訝そうな顔をして、チッと悪態を吐いたと思えば、じわじわと口元が緩んでく。
一体何を見てるんだろう、彼女からのメール、とか?
大学生だし彼女の一人や二人いたっておかしくないよね、わかっているのに何故か胸がチクンと痛んだ。
今の感覚、なんだろう。
男の人を見て胸が痛いだなんて、少女漫画の恋に恋するヒロインみたい。
まさかね、変なの。
生温い湿った空気が吹き込んできて、私の髪を大きく揺らす。それと一緒に電車がガタゴトと音を立てながらホームの中へ入ってきた。
ホームでそれを待っていた人達はみな、開く扉を目指して白線へと近寄っていく。彼もまたスマホをポケットにしまうと、その波の中へ消えて行こうとする。
あっ、待って、ぼんやりしていて忘れてた、私は貴方にお礼がしたいの。
自分でもよくわからない感情に蓋をして、視線は彼に向けたまま鞄の中に手を入れ、それがあるかを確かめる。いちごの絵が描かれた赤い袋がガサリと音を立てたのを確認してから、私に背を向け去ろうとする黒のベストに手を伸ばした。ベストの端を捉えると、違和感に振り向いた彼が私に気付く。
ドクンと跳ねる心臓、さぁ勇気を出して言わなくちゃ。

「すみません、あ、の、」



AとJK 2-2
五月雨の日 / 2017.06.19

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