付き合いが長くなればなるほど頭を悩ませる問題がある。
そう、それは誕生日のお祝い、いわゆるバースデープレゼントである。
悩むくらいならいっそ本人に聞いてしまえ!と何か欲しいものは?と訊ねてみれば、

「ア?いらねーよンなモン」

そう答えるのが私の彼、荒北靖友だ。
ガシガシと頭を掻きながらぶっきらぼうに言い放つその姿、あぁ去年も見たなって毎年思う私もいい加減学ぶべきだろう。
でもいらないと言われて、はいそうですか、なんて言えるわけがないし、たとえ靖友が何もいらないって本当に心から思っていたとしても、私が彼に何か差し上げたいのだ。生まれて来てくれてありがとう、今年も私と一緒に居てくれてありがとう。そんな気持ちを伝える大切な日だと私は思ってるから、来月の4月2日は私にとって一年で一番大事な日なのです。

とはいえ彼の誕生日を祝うのももう8回目、話は最初に戻るのだけど、今年の誕生日プレゼントどうしようと私は頭を悩ませている。
スマホと睨めっこをし続けてもうどれくらい経っただろうか、画面をスワイプしてもスワイプしても既視感のあるものしか見当たらない。
確か初めての誕生日プレゼントにはビアンキのグローブを、その次の年はお財布、その次の年はボディバッグで、その次の年は靴、その次は───
もうあらかた誕生日プレゼントらしいプレゼントは渡し尽くしていて、物持ちの良い靖友は数年経った今でも未だにお財布もバッグも靴も愛用してくれている。それは大変喜ばしいことだけど、ボロボロになってきたからそろそろ新しいものを、と言って欲しいとも思う。正直ネタは尽きてしまっているのだ。

『靖友が要らないって言ってるんだし、
 今年からもうプレゼントは無しにしたら?』

疲れた目を閉じると、私の中の悪魔がそう囁いた。

『そんなの嘘だよ!知ってるでしょ?
 プレゼント渡したときの靖友の隠しきれてない
 嬉しそうな顔。絶対プレゼントはあげるべき!』

今度は私の中の天使が叫ぶ。
そうだよね、その通りだよ天使ちゃん。私は靖友のその喜んでる顔が見たいんだ。
気を取り直して、視線をまたスマホに戻す。
きっと何か良いものがあるはず、その希望だけを胸の中に私はプレゼント探しを再開した。


*


「あーまずいなどうしよ、どうしよ...」

買い物袋を両手に下げて、私はショッピングモールを徘徊しながら自然とそう呟いていた。
一ヶ月前から探してた誕生日プレゼントは結局ピン来るものが見つからず、それでも何か!と諦め切れずに今晩作るご馳走の食材を引っさげて店から店へ、蜜を集める蜂の如く飛び回っているのだけど、案の定それらしいものは目に止まらない。あ、と思ったものは二番煎じだし、メンズのお店がそもそも少ない!と文句を言うのはお門違いだろうけど、そんな理不尽な怒りをぶつけたい程度には切羽詰まってる。
そろそろ帰らないと靖友が帰ってくるまでにご馳走を完成させられないし、あぁもう、どうにもならないよ...
半分泣きそうになりながら高速で足を動かしていると、視界の端に真っ赤なリボンが見えた。プレゼントを連想させるそれを思わず振り返って見てみれば、残念ながらそこはレディースの、しかも下着のお店だった。
セクシーランジェリーを身にまとったナイスバディなマネキンに巻きつけられた、真っ赤なリボン。
いや、流石にそれは...
しかしこの手に釣果はない。これしかもう方法が...
っ無し無し!だめだめ!
目を逸らして数歩進む。けれど後ろ髪を引かれて、再びそれを振り返る。進んでは振り返り、進んでは振り返りを繰り返し、ついに足を止めて睨み付けるような眼差しを向けて数十秒。一度深く深く息を吐いた私は意を決して、そのお店に飛び込んだのだった。


*


「ご馳走でしたァ」
「はい、お粗末様でした」

大量に揚げた唐揚げもすっかり靖友のお腹の中に収まって、食卓テーブルの上のあいたお皿を持って私はキッチンへと向かった。
どうにか靖友が帰ってるまでに誕生日用のご馳走は完成出来て、美味しそうにそれを頬張る靖友の姿が見られて大変満足だ。
電気ケトルのスイッチを入れて食後のお茶の準備をしながら私は自己満足感に浸っているけど、本当の問題はここからなんだって思い返してカップを持つ手が止まる。例年ならば食後のこれからが、これ誕生日プレゼント、いらないって言ってたけど靖友に似合うなって思ってさ、なんて言いながらプレゼントの包みを靖友に押し付ける時間なのだ。だけど今年はそんな包みは用意されてない。ここにあるのは私の身一つだけ。
キッチンからそっとダイニングを覗き込むと、靖友は心なしかそわそわしてるようにも見える。ほらね、やっぱり要るんじゃん。口ではああいうくせに、本当は欲しいんじゃん。微笑ましい一方で私の中で焦燥感が増していく。
やっぱり二番煎じだろうが何だろうが何かしら買っておくべきだったな...なんて先に立たない後悔に思念を巡らせていたら、ドリップコーヒーにお湯を入れ過ぎて溢れたコーヒーの粉がカップの中へ落ちてった。
同じ柄のカップを選んで良かったよ...
私は失敗したほうのコーヒーにミルクを少し足してから靖友が待つダイニングへと戻った。

「はい、コーヒー」
「ン、」

席に着いてコーヒーを一口啜ってから正面の靖友を見ると、彼は黙って私を見ていた。プレゼント出せよって?いつもはプレゼントの存在なんて知らんぷりするくせに、こういう時に限ってそんな。そういうの敏感に察知する野獣の嗅覚やめて欲しい。

「...なぁに、靖友」
「別にィ?」

ごくりとコーヒーを喉に流し込みながら靖友は横に視線を逸らす。白々しいったらない。貧乏ゆすりを始めてる膝、落ち着きなく机に触れては浮き上がるコーヒーカップ、素直にプレゼントは?と聞けばいいのに自分から言わないスタンスは崩さないつもりなんだろうか。
聞いてくれれば私も少しは言いやすかったのに。鼓動が早くなってくのを感じながら、私は恐る恐る口を開いた。

「靖友、誕生日プレゼントね、」
「ッハ、イラネつってンだろ毎年ィ」
「うん、だからね、今年は無いの」
「...あ、ソォ」

嬉々としてた声が一気に落胆の声色に変わる。
表情こそ変わらなかったものの、靖友がガッカリしてるのは明白で、私の胸は少し痛んだ。誕生日プレゼントの包みは無い。...でも一切何も準備していないわけでも、無い。

「もう大体のものはこれまでの誕生日であげちゃった
 でしょ?だからね、物は今年準備してないの」
「...物はァ?」

流石、察しのいい靖友は私の言葉に隠された要点を聞き逃さなかった。三白眼に宿る希望の灯火、靖友は私を見据えて言葉の続きを待っている。
そんなに見つめられるととても言い出しにくいんだけど、こんな苦肉の策、バッカじゃねェのって呆れられるか笑われるかに決まってる。最悪愛想が尽きた、なんてパターンも...いや、マイナス思考その辺でやめとこう。
ポケットの中から真っ赤なリボンをひとつ取り出して、首元に下げたネックレスに巻き付ける。蝶々型にしたそれをきゅっと結んで小さく一言、

「今年のプレゼントは私」

なーんて言ってみたりして...

「...ふゥん」

意を決して呟いたけど、靖友の反応はいまいちだった。
やっぱり外しちゃったか、どうしよう...
靖友はそれから黙り込んでしまって、いっそのこと笑うか馬鹿にするかしてくれたら良かったのにって思うと無性に恥ずかしくなる。顔に熱が集まってくる、居たたまれない。どうせそんなくだらないことを言うんなら、付き合いはじめに言うべきだったのかな。というかそもそもこんなことを言うこと自体が間違いだったんだ。
最悪のパターンが頭の中に再浮上してきて、恥ずかしい通り過ぎて悲しくなってくる。せめて何か言ってよ靖友...
正面を見れなくなって空っぽになったコーヒーカップをただただ見つめていると、カタンと椅子がフローリングに擦れる音がした。
呆れて物も言えねェよ、そこで一人で反省しとけ、ってこと?靖友の気配は遠のいてって、私だけがダイニングに残される。
あ、ダメだ泣きそう、鼻の奥がツンとしてきた...

「んじゃコレ、ココにサインな」

涙が滲んできて溢れる直前、俯く私の前に何かが差し出された。何これ、紙?
椅子に座ることなくテーブルの横に立つ靖友を見上げたけど靖友の目線は私にはなくて、卓上の薄ピンクの紙を指差すその先を見つめていた。

「っや、すとも、」

靖友が見ているそこに私の視線の照準を合わせた瞬間、溜まっていた涙が零れ落ちる。

「ンでおめーが泣いてんだヨ」
「だってこれ...」

結婚情報誌についてくる、付録の。
テレビのCMでやってて、バッカくせェ!とか靖友が言ってたやつ。もし書く機会があるならこれがいいなって、私が心の中で思ってたやつ。
先輩が結婚するとかでェ?雑誌買ったらたまたまカノジョと被ったっつって寄越して来たンだヨ、なんて靖友はぼそぼそ語る。

「千歳はオレのモンになンだろォ?」
「っうん...」

妻になる人の部分を指してた靖友の指先が私の触れて、頬の水分を拭っていった。
靖友のものになる証明書が今年の誕生日プレゼントになるなんて思いもしなかった。靖友の胸の中に飛び込んでぎゅうっとその身体を抱き締める。
身につけてるこれは意味なかった、なんてことはない。この後きっと、活躍してくれるよね。



certificate / 2018.04.02
Happy Birthday Yasutomo!!

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