昼間の喧騒が嘘みたいに教室の中は静まり返ってる。
窓の外じゃ青いラインの入った真っ白なユニフォームを地面色に染めた集団がファイオー箱学とか言いながら走ってて、それに混ざってどこからともなく笑い声が聞こえてきたりして。ここが静かな分、余計そんな青春みたいな音ばっかりが耳につく。
あーあ、私も何か部活とかしてたら今みたいに一人で教室で泣いてるなんてことにはならなかったのかなぁとか高3になった今更思ったってしょうがないけど、そういうベクトルでの青春も悪くなかったんじゃないかなんて思いだしたら尚更泣けた。ズッ、と鼻をすする音が教室にやたら響いて何でかこの世界に私だけみたいな孤独感に襲われる。
何浸っちゃってんだか、バカみたい。帰ろ。
もう一度鼻をすすって窓に背を向け、机にぶら下がってた通学カバンに手をかける。教材の一つも入ってない軽いカバンを肩に掛けたら重さなんて殆ど無いはずなのに、それだけで体が重くなった気がした。パタパタと忙しない足音が近づいてくる。それみたいに私の足も軽くなんないかな、なんないか...
盛大に溜め息を吐いたところで、教室の扉がビシャンと激しい音と一緒に開け放たれた。なんて乱暴なとそっちを見れば、怪訝に眉を顰めた人相の悪い男が立っていて、粗暴な振る舞いも何となく納得出来た。
完全に見た目だけのイメージだけど。そこの男としゃべったことなんてないし。

「...何かタイミング悪かったァ?」

第一声がそれって何それ。訳わかんない。
と思ったけど、そりゃ教室で女が一人ぐしゃぐしゃの顔して泣いてればそう言いたくもなるだろう。別にこんなの大して関わりもないクラスメイトに見られたところで痛くも痒くもないけど、妙に気まずそうな顔をされるのは今の私の不安定な心に刺さる。同情?哀れみ?そんなの余計辛くなんじゃんバカ。

「べ、つに...そんなことっ、ない」
「ア、そォ」

泣き過ぎてしゃくる喉から出る声は途切れ途切れで、説得力のカケラも無かった。ぼろぼろと溢れ続ける涙は拭っても拭っても何でか止まんないし、さっさとここから出て行きたいのに鞄のせいで足取りも重い。
自分の席からプリントを一枚引っ張り出した荒北は、A4の紙をぴらぴら揺らしながら徐々に私との間を詰めてくる。というか単に同じ出口を目指しているだけなのだけど、開けっ放しの扉の前でうっかりばったりかち合って、私を見下ろす荒北と目が合った。
初めて間近で見る荒北の顔は最初の印象通り極悪。また眉間に深い皺寄せて、荒北の鋭い三白眼がまるで汚い物を見るみたいな冷酷な視線を私に浴びせてくる。そんな顔するくらいならさっさとプリント持ってどっか行けばいいのに、荒北はそこに突っ立ったまま動かない。
意味わかんない、そんなとこで立往生されたら私も教室から出られないし、半ば強制的に蔑まれ続けるなんて何の罰ゲームなの。
痺れを切らせて退けてよ、と言おうと私が口を開いた瞬間、視界が白に覆われた。何が起こってるのか理解出来ない私の顔に何かがゴシゴシと擦り付けられる。目元の水粒も頬に残る水分も、全てそれが拭っていって、呆気に取られる私がその白が荒北のジャージの袖だと気付いたのは、荒北の声を聞いてからだった。

「ハンカチとかタオルとか今持ってねェからァ」

ぶっきらぼうにそう言った荒北はやっぱり不機嫌そうな顔をしたままで、言動と表情が一致してなさ過ぎて少し笑えた。なんだ私、笑える元気あるんじゃん。さっきまで世界の終わりみたいな絶望感に満たされてたのに、荒北に感謝しなくちゃ、なのかな。
私の顔から離れてく荒北の腕のその先の、私を見据える悪人面を見上げると、荒北はただでさえ細い目を細めて口角を上げていて、私の息は止まりそうになった。
な、に、そんな顔出来るの荒北...
彼氏に振られて大号泣していたくせに、そんなの無かったみたいに心臓が跳ねる。

それが私の、人生最後の恋に落ちた瞬間だった。



tears / 2018.03.24

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