「ふーん...で、話をまとめると、
 痴漢から助けてもらって、連絡先交換して?
 メールしてたら好きになっちゃったってこと?」
「...なんか解釈に多少相違がある気がするけど
 概ね合ってます...」

ちーちゃんのお弁当箱の中身はもうすっかりなくなってるというのに、私のお弁当箱の中身は相変わらずみっちりと詰まったままだった。
ひたすらミートボールを箸で転がしながら、ちーちゃんと目を合わせることも出来ずに語った「私の荒北さんの出会いと歴史」はやっと終わりを迎えて、息もつかずに話したせいか少し喉に違和感が残ってる。
窓の外には雲ひとつない晴天が広がっていて、本来ならそれだけで清々しい気分になれるのに、暑いほど眩しい日差しに晒される私の心の中はちーちゃんにバレたあの瞬間から曇りに曇ってる。一縷の光を求めて語った今の話が目の前の彼女に伝わっているのかいないのか、会話はそこで途切れてしまって私がそれを知る由も無かった。
アドレスを手に書いて貰ったとか、飲み物を奢って貰ったとか、勉強を教えて貰ったとか、それくらいしかない上にたった2ヶ月強の出来事に本来歴史も何もないんだろうけど、これでの私の人生の中で特別輝いている記憶なのだから、それくらい言っても過言じゃないかなって私は思ってる。その時歴史は動いた、みたいな、そういうと少し大袈裟かな?
さてその私の歴史を聞いたちーちゃんは、今どんな顔をしてるんだろう。変わらず仁王様のような顔をしていたとしたら私にもう為す術は無い。せめて真顔レベルにグレードダウンしてくれてたらいいんだけどなぁ...と思いながら恐る恐るお弁当箱にある視線をちーちゃんに向けてみる。あ、仁王様ほどではない...けど、決して良いとは言えない、眉間に皺を寄せた怪訝モードだ。
窓から差し込む光を浴びて余計威圧感を増すちーちゃんは黙ったままお弁当を片付け始めて、あれこれってもしかして、もう聞くことはない心底呆れましたって意味なのかな。どうしよう、もっと荒北さんの素晴らしさをどうにかアピールしなくては...!

「荒北さんはっ...!
 優しくてかっこよくて、勉強も出来るし!
 あとスポーツ、ロードバイクって自転車乗ってて、
 ぶわーって早くて凄いし!それから...あっ、
 背が高くてスタイルが良い!そんでもって...えと...
 とにかく!ちーちゃんが思ってるような人じゃなくて
 優しくてかっこいい人なの!私の王子様なの!
 だから心配することなんて何も無くて...!」

必死に注解してみたものの、小学生の読書感想文以下とも言える私の語彙力の低さに絶望した。こんなので荒北さんの良さなんて伝わりっこないよ。しかも私今同じことを二回言った気がするし、王子様とか言っちゃったし、なんて恥ずかしいことを口走ってしまったんだろう。初恋を拗らせるとこんなことになっちゃうんだ...恋って恐ろしい。
平常心なんて遥か彼方、私は荒北さんのこととなると心穏やかでは居られなくなるんだ。

「へぇ...言い切れるの?」

荒北さんを想ってなのか、ちーちゃんの圧に緊張しているのか、多分原因は両方だろうけど、心なしか脈拍が早くなってる気がする。そこにちーちゃんからの鋭利な言葉の矢と冷ややかな眼差しが突き刺さって、どくんと心臓が大きく揺れた。教室の中は騒がしいのに、いつもより低いトーンのちーちゃんの声だけがやたら鮮明に聞こえて、頭の中をぐるぐる回る。反論なんて許さない、と言わんばかりのそれにたじろいでしまいそうになるけど負、けない!ちーちゃんの圧なんかに負けない!これだけは絶対に、譲らないから!

「っ言い切れるよ!
 荒北さんはその辺の変な男とは違うから!」
「そう、なら...」

はぁ、と溜め息を一つ吐いてちーちゃんは視線を落とした。なら、何?私が荒北さんを諦めるまで説教?...それとも絶交?私はごくりと生唾を飲んでちーちゃんの言葉を待つ。怖い、でも負けないから!...っ、やっぱり怖い、でも、でもっ...!

「もっと早く言ってくれたらよかったのに!!」
「えっ」
「痴漢から助けてくれた王子様なんて素敵過ぎ...!
 うらやましいー!私も恋したいー!」
「えぇ...?」

予想外の反応、想定外の展開に固唾を飲んで見守ってた私の肩から力が抜けた。さっきまでの険しい表情は一変して、ちーちゃんはきらきら瞳を輝かせて私を見ている。
ぽかーんって擬音通りに開いた口も塞がらず、唖然とする私の前でちーちゃんは興奮冷めやらない様子で少女漫画みたいな話って実在するんだ!なんて言ってる。さっきまでの仁王モードは何だったの...
そういえばちーちゃんって恋愛小説とか少女漫画が大好きな夢見る乙女だったなって、今更ながら気付いたところで無駄に緊張してた私の時間は返ってこない。何それ、もう...ちーちゃん...
安堵とか憤りとか色んな感情を胸の中で巡らせてたら、ぐぅと腹の虫が鳴った。そうだった、私まだお弁当食べてないんだった。
黒板の上の壁掛け時計を見てみれば、予鈴までもう10分を切っていて、私は慌てて転がし続けてたミートボールを頬張った。

「そうと決まったら千歳!」
「ふぁい?」
「今日帰りに駅前の携帯ショップ寄って帰ろうよ
 スマホにするんでしょ?今日機種決めて、
 委任状貰って帰れば明日にはスマホに変えれるよ!」

急いでお弁当をかっ込む私にちーちゃんは満面の笑みを浮かべてそう言った。私のモンスターフレンズは時に最強の敵にもなるけど理解さえ得てしまえば最強の援軍となる。
口いっぱいのご飯で返事が出来なかった私は、頭を上下に揺らして何度も何度も頷いた。



AとJK 5-3
夢見る乙女の手のひら返し / 2018.03.20

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