部室から出ると、外はすっかり暗くなっていた。
中に残る先輩達にお疲れ様ですと挨拶をして、さっきまでオレンジ色だったのが嘘みたいに黒く変わった空を見上げ息を一つ吐き出すと、吐息は白く濁って闇の中に消えてった。あぁ、もうすっかり冬になったな。

「へっぶし!!アカン、今日寒いわぁ...
 もうすっかり冬やなぁ小野田くん」
「そうだね鳴子くん」

とオレが心の中でそう思っていると、小野田を挟んで横に並ぶ赤頭が同じようなことを言う。何だよ鳴子、オレの真似するな。

「うっわ!なんやスカシ、もうマフラーしとんかい!
 手袋まで!?防寒対策ガッチガチ過ぎやろ自分、
 いくら寒いゆーても気が早いんちゃう?」

睨み付けるように鳴子を見下ろしていると、それに気づいた鳴子はオレを指差しながらカッカッと例の独特な声で笑った。あのな、コートのファスナーもブレザーのボタンも閉めず、中のシャツは着崩していてネクタイはゆるゆる、裾もスラックスに入れず出しっ放しにしてる奴に笑われる筋合いはないからな。練習後で身体が温まっているからとはいえ、息も白くなる寒さの中でその格好は自殺行為だ。はっきり言って馬鹿だろ鳴子。

「これも体調管理の一環だ。どっかの馬鹿みたいに
 薄着で外出歩いて風邪引きたくないからな」
「なっ!?風とお友達のこの鳴子章吉様が
 風邪なんか引くわけないやろっ!」
「お前さっきくしゃみしてただろ
 間違ってもオレにうつすなよ」
「風邪ちゃう言うとるやないかいっ!
 あのくしゃみはたまたまや!たーまーたーま!
 ほんっまスカシは相変わらず空気読まれへん奴やな!」
「誰が空気読めない、だ!
 読めないんじゃなくてあえて読んでないだけだ!」
「同じ事やろ!」
「ま、まぁまぁ二人とも、落ち着いてっ」
「小野田くんもそう思うやろ!?」
「え、えっとー、ボクは別に...」

歩くたびにざりざりとアスファルトの上に散らばる小石が鳴った。それに合わせるように赤豆粒がぎゃーぎゃー喚く。煩いぞ鳴子いい加減にしろ、オレは静かなのが好きなんだ。
若干苛々している所為か気持ち早足になりつつグラウンド横を通り過ぎると、その先にある校門に見覚えある後ろ姿が見えた気がした。...まさかな、こんな遅くまであいつが学校にいるわけがない。そう思いながらもやはりどこか期待は捨てきれなくて、その後ろ姿から目が離せなくなった。一歩、また一歩校門に近付いて行けば行くほど疑惑は確信に変わっていく。

「千歳!」

夜風に吹かれて靡く髪、微かに見えた輪郭は間違いなく千歳のもので、それに気付くと同時にオレはその名を呼んで校門へと駆けていた。オレの声に呼ばれて振り返ったのはやはり間違いなく千歳。どうしてこんなところに一人で、危ないだろ!と言おうと口を開くが、オレを見上げる千歳の表情があまりにも嬉しそうに見えて何も言えなくなる。そんな顔を向けてくるのは卑怯だぞ千歳、怒るに怒れなくなるじゃないか。

「俊くん、お疲れ様」
「何してんだ千歳、こんなところで」
「今日は部活がいつもより遅くなっちゃったから、
 ついでに俊くん待とうかなって思って」

待ち伏せ成功、とか言って千歳は満面を笑みを浮かべる。部活が遅くなったからとはいえ、文化部の千歳がこんなに遅くなるわけがない。この寒い中どれくらいの間オレを待ってたんだろうか。よくよく見てみれば千歳の鼻先はほんのり赤くなっている。ネイビーのPコートは千歳によく似合ってる、だがその開いた首元は寒々し過ぎるだろ。

「そんな格好で...悪い、寒かっただろ
 ったく、連絡くらいしろよ」
「わぷっ!」

首に巻いてたマフラーを解いて、オレはそれを千歳の首にぐるぐる巻いた。余談だが巻き込まれた長い髪がマフラーの上にふんわり乗っかるのがオレは結構好きだったりする。
解けないようマフラーはしっかり結んで、そうだきっと手も冷たくなってるだろうから手袋も。

「俊くん、私は大丈夫だから」
「いいから巻いてろ、ほら、手も」
「大丈夫だってばー」
「駄目だ。ほら千歳、手」

手袋を脱いで千歳に触れると、案の定その手はすっかり冷え切ってしまっていた。全く、こんな冷たくなるまでオレを待ってるなんて馬鹿な奴。待ってるなら待ってるって言ってくれれば、もっと早く部活終わらせて来たのにな。
そう思いながら千歳の冷たい手にオレの手袋をはめてやろうとしたが、千歳の手は手袋から逃げた。そしてその指先が、オレの手を握る。

「...じゃあこっちにして、俊くん」

オレの指に絡まる千歳の細く冷たい指先が、オレの体温を奪っていく。

「っ!あぁ...そうだな、オレもこっちの方がいい」

絡み合った手をぎゅっと握れば、千歳は照れくさそうに微笑んだ。
ただそれだけなのに、ペダル回して疲れ切ってたはずの身体がすっと軽くなったような気がしたんだ。



*


「うぇぇ、なんやねんアレ...
 スカシ、ワイらの存在完っ全に忘れとるやろ...」
「な、な、仲良しだよね!白崎さんと今泉くんっ」
「ちゃうで小野田くん、あれは仲良しやなくて
 ラブラブ言うんや...見せつけてくれてからに、
 ほんっまスカシは空気読まれへん奴やな!!」



frosty / 2018.03.10

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