一年で一番男が浮き足立つ日、それが2月14日である。
何故2月14日、なんてのは語るまでもない。男ってやつは案外バカな生き物なのである。そのバカん中に含まれていないつもりでこれまで生きてきたはずなのに、オレは今、いつになく心落ち着かないでいる。

追い出し走行会ファンライドの後、オレは千歳にキスをした。
あの日やっと荒北さんに勝ったオレは、本当は千歳に告白するつもりでいた。たとえ玉砕したとしても諦めるつもりはなかったし、少しでもオレを意識してくれればそれでいいと思ってたんだ、その時は。
けどいざレース終わって千歳んとこ行ってみりゃ千歳は荒北さんが部活引退しちまうって、荒北さんを想って泣いていた。やっと今日荒北さんを超えたられたはずなのに、千歳の中の荒北さんはまだオレより遥か高みにいて、到底敵う気もしないし努力する術も見つからなかった。
...んだよそれ、勝ったのはオレなのに、なんて恨み辛みが胸ん中に湧いてくる。よーいドンで足を踏み出した瞬間深い落とし穴に落ちたみたいに、高揚してた気持ちも身体も一気に奈落の底に落ちた気がした。
当然告白なんか出来るテンションじゃなくなっちまって、でもこのままで終われるわけもなく、千歳に慰めの言葉を吐きながらもオレは内心嫉妬とか敵対心とかで煮え繰り返りながら考えていた。

千歳の中の荒北さんをオレで上書きするにどうすればいい?もっとちゃんと、千歳がオレを見ずにはいられないようにする為には───

結果、オレは千歳の唇を半ば強引に奪ったのだ。
ご褒美だなんて理由つけて、荒北さんの名前を呼ぶ千歳の唇に、オレの名前を呼ばない千歳の唇に噛み付くみたいに。オレの唇に触れた千歳は想像以上に柔らかくて、ファーストキスでもないのにレース直後みたいにオレの心臓は激しく躍動した。目ぇまん丸にして呆然と立ち尽くす千歳の顔が心なし赤くなってってるような、単にオレの願望なだけで気のせいかもしんねーけど、もしそうだったとしたら微かながらにオレにも可能性があるかも、とか思いながらオレは捨て台詞を吐いて千歳の元を去った。
このキスがどういう意味なのか、千歳が分からないはずないだろう。荒北さんなんかより、オレのことで千歳の頭ん中いっぱいになればいいのに。

って偶然にもオレを意識させる作戦みたいなことをしたわけだが、残念なことに千歳の態度にそれから特に変化はなく、気付けば年越しててもう2月も半分終わる。千歳のことだから意識しろなんて言えば意識してやるもんか!と反発してくるのはまぁ目に見えてたし、オレを意識してそわそわしたり赤面する千歳の姿なんか正直想像出来ねぇし。そもそも意識しろっつーのが失言だったような気もする。素直に告ってりゃまた違ったのか?そんなこと思ったってもう今更だ。
良くも悪くもいつも通り、今日も変わらない関係性。余計嫌われたり避けられたりしなかっただけいいんだろうか。いやよくねーよ、オレは千歳に男として意識されてんだから。あわよくば好かれたいし付き合いたいし、ってオレは恋する乙女か!片想いが切ない少女マンガのヒロインか!

───で、話は最初に戻る。
平静を装いながらも心の中はざわめき立ってるオレの手中には既に部活前部員全員に配られた一目で義理と分かるフラッグサンダーが一つある。それだけで十分だろと思う自分もいるのに、もしかしたら、って期待を捨てきれない自分も居た。
学校は終わった、部活も終わった、あとは寮に帰るだけ。
それまでにどうにか千歳から本命チョコを貰えはしないだろうか、なんて高望みするつもりはねぇけど、実はあれからオレを意識してしまってチョコをつい買ってしまったみたいなそういう奇跡が起こんねーかなとか、バカみてーな希望を捨てきれずにいるわけである。これがバレンタインの浮かれバカ男じゃなきゃなんだってんだ。
そして尚且つオレは今恋に恋するバカ男でもある。
ロッカー中に潜ませた小さいくせにやたら重厚で豪華な箱を、あえて千歳や周りに見えるように取り出す。リボン解いて箱を開ければ千歳曰く宝石みたいなチョコが3つ、信号機みたいに並んでた。

「わぁっ、ユキちゃんどうしたのこれ?貰ったの?
 すっごーい、美味しそう!」
「まぁな、葦木場も一個食うか?」
「いいの!?ありがとユキちゃん!おいしいねこれ、
 ホッペが落ちそうだよぉ...これ何てチョコ?」
「デルロイ...?って書いてあんな」

リボンに印字された英字を千歳に聞こえるように読み上げると、千歳の顔色が一変して急に態度がそわそわしだす。
計画通り。オレの選択は間違っていなかった。

「デルロイ...!?」
「あ?んだよ千歳、どうかしたかよ?」
「別に何でも...」
「甘っ!確かにうまいけど一個でいいな
 もう一個どうすっか...塔一郎、食うか?」
「ボクは今節制中だから。チョコは遠慮しておくよ」

塔一郎がチョコを食べないのも想定内。計画通り箱の中にはチョコが一粒残る。
さてこれは...っておい、何もの欲しそな顔してんだ拓斗。お前今一個食ったろ!もうやんねーよ!?

「千歳、一個余ってっけど食うか?」
「えっ!?」
「ん」

そう言って最後の一粒つまみ上げて差し出せば、千歳の顔がぱあっと明るくなった。だよな、待ってたよな絶対。千歳チョコ大好きだもんな。教室で話してんの、小耳に挟んだんだよオレは。

『あーチョコ!チョコ欲しい!私が食べたい!
 どうして私がチョコを渡す側なんだろう
 ずるいよ男子ばっかり、私だって本命高級チョコが
 食べたいよ...ほら、宝石みたいなデルロイとか
 定番のゴヂバに、ピエールエルムもいいな
 ジャンポールセヴァンも捨てがたい...!』

呪文みてーなカタカナ唱えて目ぇキラキラ輝かせながら白熱したチョコトークを披露されりゃ、食わしてやりてぇなって思うだろ普通。
決して盗み聞きしてたとか、ストーキングしてたとかではない。んなでかい声で話してりゃ誰にだって聞こえんだろ。ただ、カタカナの呪文を忘れないうちにとすぐさま携帯に打ち込んだオレの行為に対して必死だなって言われりゃ、それはまぁ...認める。
食いたいって言ってたデルロイを前にして、千歳は何故か少し戸惑っている。ほら、早くしねーと溶けるぞって言ってもまだ。

「...いらねんなら、」
「あっ...待っ...!」
「んだよ、いるのかよ?」

千歳に差し出してた手を引っ込めて、最後の一粒を食べようとしてみせれば千歳の表情に悲愴感が帯びる。んな顔するくらいならさっさと食やいいのに。また千歳の口にチョコを持ってくと、千歳は躊躇しながらもオレの手から直接それを食べた。指先に、あの日重ねた千歳の唇が触れる。

「っおいひぃ...」
「そうかよ、良かったな」

チョコ口ん中に入れた千歳は幸せそうな顔してて、思わずオレも笑みが溢れる。瞬間千歳とバチっと目が合って、この顔がオレに向けられる幸せ噛み締めてたら千歳はすぐさまオレから視線を逸らすとほんのりと頬を染めた。

───もしかして今、オレ意識してんのか千歳。

んだそれ...やっべ、マジかよ...
貰ったと見せかけたチョコをさり気なく千歳にやるっていう逆チョコ作戦は成功?小さい声でありがとって呟くと千歳はさっさとオレの前から去っていく。
オレの手元にあんのは義理チョコ一個だけだけど、オレは今日それ以上のものを貰えた気がする。

「っし、じゃ帰っか。塔一郎、今日の晩飯何だっけ?」



モノクロ*ノーツ 24
一口のしあわせ / 2018.02.26

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