思わぬアクシデントで予定していた到着時刻より大幅に遅れてしまった。
降りしきる雨は勢いを増して、濡れないように気をつけていたつもりの靴は重く、含んだ水分は靴下まで到達している。
今から部室に寄ったところで本来行おうとした室内練習が出来る時間はない。かといってこの靴をそのままにしておくには気持ちが悪いし、講義が始まるまであと30分、待つには微妙に長い時間を荒北靖友は部室で潰すことにした。
無駄に広いキャンパスには多少慣れたとはいえ、まったくもって無駄な作りだと彼は思う。
もっとコンパクトにしろよ疲れるからァ!
というのが時間に追われているときの彼の口癖だ。
正門をくぐり中庭を抜け、本館の西側に位置する部室棟D、そこに彼が所属する洋南大学自転車競技部の部室がある。

「2年アラキタ入りまーす」

入り口の大きな看板をひと叩きしてガチャリとドアノブを回し、扉を開けた。
さほど広くない部室には大きな机を中心に、長椅子が一脚、数台のロードバイクが置いてあり、壁一面を丸々覆う背の高い本棚には沢山の専門誌やレース記録、選手情報の載ったマル秘偵察ブックなんかも並び、それは一段と目を引き威圧感を放っていた。
流石自転車競技の強豪と呼ばれるだけのことはある。
そんな部室の中に二人、長椅子に腰掛け読書する坊主の男とキャスターつきのデスクチェアをギシギシ揺らし前髪を整えるピンクブラウンの髪の男は開いた扉に視線を向けた。

「遅かったな荒北、何かあったのか?」

坊主の男、金城真護は手にした本を閉じて入室してきた彼に尋ねる。
ズカズカと肩を揺らし金城の座る長椅子まで進んで荒北は背負っていた荷物を机に置き、ドカッとその椅子に身を投げた。

「なんだオマエらだけかヨ、挨拶して損したァ!
 雨だよ雨ェ、電車通学マジだりぃ
 痴漢にも会うしよォ」
「なんじゃ荒北ァ、
 おっさんにケツでも揉まれたんかぁ?」

荒北を指さしながらエッエッと笑うピンクブラウンの髪の男は待宮栄吉。
彼らは皆この自転車競技部に所属する洋南大学2年生で高校インターハイを戦った元ライバルでもあるが、何の因果かこの洋南大学で再会し、今ではチームメイトとして互いに切磋琢磨している。
指を指された彼は待宮を一瞥するが、すぐに視線を落とし靴を脱いだ。水害は思っていたより酷くなく、靴下を交換して中に机の上のスポーツ新聞でも丸めて詰めればどうにかなりそうだ。

「ちっげーよ!オレじゃなくて富士女のコがさァ」
「富士女?そこの女学高のことか?」
「そォその富士女、白セーラーのォ
 目の前でやられちゃ助けなきゃなんねー
 気になんだろが」
「柄じゃないのぉ荒北ァ...こりゃ雨が降るわい!
 て、もう降っとるわ!エッエッエ!」
「ッゼ!」

靴に新聞紙を詰めながら、荒北はチッと悪態を吐く。
電車内での事件の詳細を尋ねてくる二人に気乗りしないながらも荒北はそれを話しつつ、ふと机の下を見るとそこには洋南大学と書かれたビニールスリッパが転がっていて、これ幸いと濡れた靴下も脱ぎ捨ててそれを履いた。
全ての経緯を話し終える頃には講義の時間が近づいていて、三人はそのまま会話しながらそれぞれの荷物を手に席を立つ。

「女子高生か...」
「なァに金城、まさかそういう趣味ィ?」
「むっつりスケベじゃからのぉ真護くんはぁ...
 はー、いやじゃいやじゃ」
「そんなことはないぞ!誤解だ!
 ただ少し、高校時代が懐かしいなと...」
「あーまぁたった2年前だっつーのに
 随分昔のコトな気もするよなァ」
「そがなことゆーとるけぇオヤジ臭い言われるんじゃ
 金城ォ。健全な男子大学生なら女子高生との
 出会いで浮かれとるとこじゃろぉ?
 のぉ荒北、その子と連絡先交換したんか?
 ワシにも女子高生紹介してくれぇやぁ」
「してねーし、普通しねーよ!
 テメーの頭ん中まじでンなんばっかだな...引くわァ」
「野獣荒北とは名ばかりじゃのぉ!
 ほんま使えんヤツよ...のぉ金城」
「その発想は同意しかねる。下衆だな待宮」
「ハッ!下衆宮ァ、浮気して刺されんなよォ?」

賑やかに笑いながら三人は部室をあとに、バタン大きな音を立てて扉は閉まった。
その女子高生の話をこれから度々することになるとは、彼らはまだ知らない。



AとJK 1-8
洋南大学自転車競技部 / 2017.06.10

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