6月1日、衣替え実施日。
それは私にとって血も涙も無い日である。
箱根学園の薄っぺらいセーラー服は私の何も守ってはくれないし、じゃあセーラー服じゃなくブレザーの、例えば総北高校みたいな制服だったら鏡を見て絶望することもないのだろうかと思ったけれど、夏になればガードの固いブレザーは剥ぎ取られてシャツ一枚になるのだから結局実質大差はない。どうあっても救いはないのだ、これぞまさに無慈悲。

結論 : 夏は死すべし。

とはいえ正直なところ私は冬よりは夏が好きだ。山に行ったり海に行ったり、生温い風に吹かれる夜もいい。虫の声も風情があるし、浴衣を着て花火大会だなんて楽しい以外の何物でもない。夏は最高である。
───話は冒頭に戻るが今日が最低最悪な日なのは、全てこのペラッペラのセーラー服のせいなのだ。決して夏が悪いわけでなく。

訂正 : 夏服、死すべし。

はぁ、と盛大に溜め息を吐いて6月の空の元に晒される。あぁもう日差しが夏になってる、せめて常に世界が暗闇であるのならこの制服だって許容出来るのに。はぁ、とまた溜め息が漏れる。やっぱり仮病でも使って今日は休むべきだったかな。その場しのぎでしかないけど、それでも私はこの現実から逃げ出したかった。逃げられないからこうして渋々登校しているわけだけど、当然足取りはいつになく重い。女子寮から学校までの短い道のりを誰よりも遅く、まさに牛歩の如く進む。見えない足枷がついてる私は囚われの姫君なの、なんてとんでもドリームにトリップしながら周囲に見ゆる半袖姿の集団に紛れれば、また一つ溜め息が出た。
ンな溜め息ばっか吐いてっとシアワセが逃げンぞ、とかきっと靖友は言うんだろうな。残念なことにこの服を纏った時点で私はアンハッピー、幸せなんてとうに逃げてる。

「っはぁぁ...」
「ハッ、朝から辛気クセッ」

おっと噂をすれば影、私が予想していたそれよりも辛辣な言葉が降りかかる。いつの間にか私の横に居た靖友を力なく見上げると、大きな欠伸をしながら彼は頭をガリガリと掻いていた。

「あ、靖友おはよ...」
「...オメーなんか乳萎んでナァイ?」
「っだぁ!思ってても言うなバカッ!
 別に萎んでないし!隠す布が無くなっただけだもん!」

人の胸元を怪訝そうな顔して見つめる靖友は、今まさに私が憂鬱でいる原因を容赦無く、それこそ傷口に塩を塗り込むみたいに指摘する。肩に掛けてた通学鞄を慌てて抱きしめて胸元を隠したところで今更なのだが、そうせずにはいられなかった。
私が誰のために胸を大きくしたいのか、わかってて言ってんの?そりゃ半分以上は私自身のプライドの為だよ、たわわに揺れる男の浪漫に私だって憧れてるよ。だけど残りの半分弱は私の愛しい彼の為、三白眼で愛想のカケラもないそこの男の、荒北靖友の為なんだって言わなくたって気付いてよ。

「アー、で、ンなテンション低いワケェ?」
「何が楽しくてこんな格好...はぁ...
 絶対みんな思ってるじゃん。わ、あの子絶壁って」
「被害妄想酷過ぎンだろ。まァ否定は出来ねェけどォ」
「世の中乳なんですよ結局...まな板に人権なんて...
 靖友も周りに、うっわ貧乳好きとか趣味悪っ!
 ロリコン?とでも思われればいいんだよボケナスぅ...」

千歳の自爆攻撃!靖友を道連れにした!千歳は目の前がまっくらになった!みたいな自ら墓穴を掘ってくスタイル。自分で言っておいてなんだけど、改めて言葉にすると気分は更に落ちていく。
この牛歩にもし擬音が付くならば、とぼとぼというのがよく似合う。肩を落として気持ち猫背で、とぼとぼを体現するような格好のまま下駄箱に足を踏み入ればもう後戻りは出来ない気がして靴を脱ぐ気が起きない。やっぱり今日は休めば良かった。
今日何度目か分からない溜め息をまた吐くと、斜め上からの大きな溜め息で上書きされた。いい加減にしろとでも怒るのだろうか?私の憂鬱を煽った靖友が悪いんだよ、私だけ怒られるのはフェアじゃない。不機嫌に顔を顰めながら隣の靖友を見上げると、靖友はただでさえ細い目をさらに細めて私から鞄を奪っていった。

「別にィ、好きに思わせときゃいンじゃねーの?
 ンな気にすんなら、」

あっ、という間も無く靖友の眼前に晒される絶壁、咄嗟に隠そうした私の腕より先に靖友の腕が私の胸元を包み込んだ。下駄箱と靖友に挟まれて、何が何だか現状を理解出来ない私の耳元で靖友の掠れた低い声が囁く。

「デカくなるようイッパイ揉んでやンよ」

そんなの都市伝説だよとか、朝っぱら何言ってんのとか、そこは小さくてもオレは気にしねぇヨとか言うとこでしょとか、言いたいことは沢山あるのに私の胸の上をなぞる靖友の指先が、私を包む靖友の熱が私の語彙力を攫ってく。
靖友がそう言うんなら試してみてやらないこともないけど、なんて可愛げなく呟くと、靖友はハッ!と笑って私から身を引いた。ちらっと見えた靖友の横顔はやけに満足そうで、私は少しだけ、ほんの少しだけ、控えめな胸で良かったと思えたんだ。



flat chested / 2018.02.24
"貧乳な彼女と荒北さん"

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