裏庭を通りがかると、どこからか猫の声がした。
足を止めてきょろきょろと辺りを見渡してみれば、ベンチ横の草むらから黒い猫が顔を出す。呼んだわけでもないのに滑らかな流線を描きながら宙を跳ぶと、軽やかな足取りで私に近付いてきた。ゴロゴロ喉を鳴らしながら私に擦り寄って、黒猫は長い尻尾の先を私の足に絡ませる。大方狙いは私が手にぶら下げてるコンビニ袋なんだろうと分かってはいるけど、このあざと可愛さがなんとも言えず、思わずしゃがみ込んでその背を撫でた。
「よーしよし、いつも靖友にご飯貰ってるのは君かな?
いいよね君は、靖友に構ってもらえて...
ご飯貢がれてさー、撫でられてさー、もしかして
抱っこして貰ったりとかもしてんじゃないの?
答えなさいよこの泥棒猫っ」
お腹を見せながら伸びる黒猫に向かって何となくそんなことを言ってみた。単に泥棒猫って言ってみたかっただけなんだけど。
知ってるんだよ私、君が靖友にお昼にいつも猫缶貰ってるの。普段靖友が人に見せない緩い顔向けられて、そりゃ猫からしてみればだから何?って感じだろうけど、こちとら靖友に笑ってもらおうと必死になっても滅多に見れないっていうのにさ。部活だ何だで会う機会だって最近ないし、お昼にもれなく靖友に会えてしかもご飯一緒に食べるなんて浮気だよ、もうこんなの浮気以外の何モノでもないんだからね!
「ニャ?」
「ずるいよ猫ってだけで...羨ましいぞこのっ...
このこのー!もふもふの刑にしてやるー!」
ささやかな妬みを込めて、ええい毛並みをバッサバッサにしてやる!と言わんばかりに毛の流れとは逆方向に撫でてやる。小さい女だよね私、猫に嫉妬するなんて。しかもこんな八つ当たりみたいなことしちゃってさ。
そんな私の気も知らないで喉を鳴らし続ける黒猫ちゃん、いっそ私も猫になりたい。そしたらもっと靖友と一緒に居られるのにな...
「...ぁにやってンだ千歳」
なんてことをしていたら背後から聞き慣れた声がした。呆れたみたいな溜め息混じりのその声に慌てて顔だけ振り返ると、声の通り呆れた顔した靖友がそこに立っていた。
「っや!す、とも...べべべべつに何も!?」
「千歳チャンはァ、オレに構って欲しかったのォ?」
「ーっっ!!聞、聞こえて、」
最っ悪だ、聞かれてた...!私のこの悪ノリを、一人コントを...!穴があったら入りたいとはまさにこのこと。当然都合よく穴なんてあるわけもなく、せめてもと膝をぎゅっと抱えてより小さくなってみる。勿論効果は何もない。ただひたすら居た堪れない空気が流れるだけだ。
「つーか泥棒猫ってオメー」
「あー!!わー!!」
「コイツ、オスだからァ」
「...オス?」
「ほらァ、立派なタマ付いてンだろココ」
「ほんとだ、オスだ...!」
目も耳も塞いで見ざる聞かざる、完全シャットアウト体勢を決め込もうとする私の隣まで進んできた靖友が黒猫のお尻を指さす。よくよく見ればそこには小さな毛玉が二つ、立派なふぐりがくっついていた。オスに向かって泥棒猫はなかったか...ごめんね猫ちゃん勘違いしてて。って何納得してるの私、猫の性別は別にどっちでも、問題は靖友が私を構ってくれないって話であって!
「オレが可愛がってるメスは千歳チャンだけだヨ」
私の思考を見透かしたみたいに靖友は私を見下ろしながら言う。な、ん...私だけ...?私だけなんだ、そっか、へへ、そっか...
「...ってメス!?私猫じゃな、」
「何だっけェ?撫でられて抱っこされてェんだっけェ?」
「あぁぁぁもう忘れてよそれ...」
上手い具合に丸め込まれそうになるのを回避して、抗議しようと靖友を睨み付けるけど、靖友はいやらしく口角を上げてさっきのコントを蒸し返してくる。何それ、私ばっかり靖友を好きでずるい。私ってペット程度の存在なの?バカ、嫌い、もう靖友なんて...
「オラ、来いよ」
え、今なんて?
失意のどん底に居る私に降ってきた言葉は幻聴だろうか、もう一度靖友を見上げると猫を指してた靖友の手が私の頭を撫でた。絶妙な飴と鞭、そういうことするから私は靖友から離れられないんだよ...
「...にゃあ」
「ッハ、でっけェ猫」
小さくなるのはもうやめて、靖友の腕の中に滑り込む。
───この際猫でも何でもいいと思ってしまったのは、靖友には秘密。
envy cat / 2018.02.16
"猫に嫉妬する彼女と靖友"
"猫に嫉妬する彼女と靖友"