崖の上から突き落とされたみたいな気分だった。
獅子が我が子を千尋の谷に落とすのは愛情故の試練だけど、私のこれは完全に純太くんに見放されたみたいな、もう一緒にいなくていいよって、別の道を歩んでいこうぜって言われてるみたいで心がはち切れそうなくらいに痛かった。
いつも通りの優しい笑顔が吐く言葉の一つ一つが棘みたいに突き刺って谷底から這い上がることも叶わない、これは私が自分自身に嘘をついていた罰なんだろうか。それすら純太くんは見透かすの?私はもう満身創痍だよ...私からこの話は打ち切りにしよう。
ふいと純太くんから顔を背けて私も聞かなかったんだから純太くんも聞かないでと呟く。なのにどうして、追い打ちまでかけてきちゃうの純太くん。

「じゃあさ、そいつのことどんくらい好き?」

この恋は叶わなくてもいい、純太くんの恋を応援しなきゃ、そんなのやっぱり嘘で詭弁で綺麗事。私はそんなに出来た人間じゃない、嫉妬に狂うただの女だ。私以外の子が純太くんの隣に立つのは嫌、応援なんかしたくない、私が好きなのはっ...!

「どのくらいって言われると困るけど...
 多分、一生好き」

───なのにどうして言えないのかな、私の好きな人は純太くんなんだって。どうして、どうして、私の意気地なし。そんなことだから純太くんをどこの馬の骨かも分からない子に取られちゃうんだ...

「ははっ!一生なんて無理だよ」

せめてこれだけは、と意を決した主語のない告白は、案の定笑って吹き飛ばされて否定の言葉と一緒に舞い戻ってきた。あぁやっぱり罰なんだ、私がぐずぐずしてた罰。勇気を出せなかった罰。
一生好きだなんて重い告白、笑われて当然なのかもしれないけど、これだけは笑って欲しくなかった。純太くんには、笑って欲しくなかったよ...
この想いまで否定しないで、純太くんを好きでいることすら許してくれないの?目頭が熱くなってじんわり何かが滲んでくる、あぁだめ、待って止まって、代わりにちゃんと言葉にするから...

「無理かどうかはわかんないじゃん!」
「高校生の時の恋なんか、大人になったら忘れるって」
「忘れないよ!もし今後他の人好きになったとしても、
 将来他の人と結婚したとしても、忘れないよ!
 ずっと、好きだったんだもん...
 純太くんはどうなの?
 その好きな子のこと大人になったら忘れるの?」

もう半分逆切れみたいに捲し立てる。お陰で涙は引っ込んだけど、自ら純太くんの好きな子について触れるなんて愚問にも程がある。どこまでも馬鹿だ私は、もう溜め息すら出ないよ。情けなくて悲しくて純太くんから目を逸らしたくなったけど、私を見下ろす黒紫の瞳から逃れられずにただ純太くんを見る。そしたら少し困ったみたいな笑顔で、純太くんは言ったんだ。

「忘れ...ない、忘れるわけない。一生好きだよ」

まっすぐに私を見つめながら、純太くんはなんてことを言うんだろう。これまで聞いてきた中で一番優しくて柔らかい、でもどこか男の子らしさを含ませた声で紡がれた言葉が私の胸に響く。これは純太くんの好きな子に向けての言葉だ、分かってるはずなのに身体が勝手に反応して顔が一気に熱くなった。違うのに、私への言葉じゃないのに、こんな勘違い恥ずかしい。
赤くなった顔を隠すようにして歩みを早める。けれどそれだって純太くんにはお見通しで、後ろから私を呼ぶ制止の声が聞こえた。だからって私だって止まれない。こんな顔を純太くんに見られるわけにはいかない、もういっそ走って逃げてしまおうか。そう思ったのと同じくして私の右手が純太くんに捕まって後ろを振り返らざるを得なくなる。咄嗟に左手で顔を覆うけど、こんなの、なんの意味もないよ。

「あっ...ちがっ...
 なんか私に言われたみたいな気分になって、ごめ...
 やだなーもう、純太くんがそんな真面目な顔して
 言うからだよ...」
「千歳に言ったんだって言ったら?」

馬鹿正直に何を言っちゃってるんだろう私。
あまりにも心臓が跳ねるから冷静に物事が考えられなくなる。それなのに純太くんはまた私をからかって意地悪ばっかり言って。私の気も知らないで、タチが悪いにも程があるよ。
私が純太くんの顔を見れないままでいると、私の腕を掴んでた純太くんの手がするすると下りてきて私の手のひらをすっぽり包んで握り締めた。純太くんの手ってこんなに大きかったっけ、こんなに力強かったっけ...
顔を上げて恐る恐る純太くんを見ると、純太くんの顔にもう笑顔は残っていなかった。

「な、なに言って...冗談...」
「冗談じゃない。
 オレずっと前から千歳のことが好きだ、
 だから千歳に好きな人いるって言われて
 正直ショック受けてるよ。
 一生好き?忘れちまえって思ったよ。
 でもさ、千歳がそんな顔するから...
 オレ今もしかしてって思っちまってんだ。
 ...なぁ、千歳がずっと好きなやつって、誰?」

ぎゅうっと純太くんの手に力がこもる。嘘、嘘だ、純太くんが私を好き?そんな奇跡が起こるわけ...

「誰か教えて千歳」

縋るような声で純太くんは更に言う。
握り締めてる手が少し震えてる。きっと純太くんも私と同じで今の関係が壊れるのが怖いんだ。だから探るみたいなことしか言えなくて、出来なくて、すれ違ってこんがらがって。
そっか、純太くんも私と一緒なんだ...
そう思うとずっと足踏みしてたのが嘘みたいにすんなり言葉に出せそうな気がした。悩んでないで言えば良かったんだ、まっすぐ純太くんだけを見て。
純太くんの手を握り返すとぴくりと純太くんの肩が揺れた。好きだよ純太くん、私が好きなのは純太くんだけ。純太くんが、一生好き。

「私が好きなのは、純太く...っひぁ!?」
「っはぁー...
 よかった、違ったらどうしようかと思った...」

言い切る前に腕を引かれて私は気付けば純太くんの胸の中に居た。白のシャツからダイレクトに伝わる体温、純太くんの匂い、安堵する純太くんの声が真上から降ってくる。胸が今締め付けられるみたいに痛いのは身体中が歓喜してるから、激しい動悸に息も出来ない。

「純っ、離っ...!」
「あ、あぁわり、つい
 じゃあ今日からカレカノってことでいい、よな?」

ゆっくり身体を離して純太くんを見上げると、純太くんは優しく微笑みながら私を見ていた。そんな純太くんが眩しくて、私は声にならない声と一緒に2度大きく頷くことしか出来なかった。
純太くんとカレカノ、彼氏彼女なんて嘘みたいだ...
そんな私の思考はお見通しだよって言わんばかりに繋いだ手に純太くんの指が絡んで所謂恋人繋ぎに進化して、また顔が熱くなる私に純太くんは笑って言ったんだ。

「嘘じゃねーよ、千歳はもうオレのだから」



end roll...

「幼馴染で両思いとか、マンガみてー」
「現実に存在するもんなんだね...嘘みたい」
「だよなー、オレも叶うって思ってなかったもん
 一生好きってことは、もう一生離れらんねーのかなぁ」
「ど、どうかな...純太くんは嫌、なの...?」
「ん?そうだったらいいなって話だよ...ぶっ、千歳顔赤っ!」
「そういうこと言うのずるいよ純太くん、
 私心臓爆発して死んじゃうかも...」
「物騒なこと言うなって。
 千歳長生きしてくんねーとオレ寂しいじゃん、死ぬの禁止な」
「そんなの無茶だよっ」
「ははっ!」

fin.


きみのとなり 9 / 2018.02.13

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