「なっ...なんのことだっ!離せ!」
「シラァ切ってんじゃねェヨ、
 いいから大人しくしやがれ痴漢ヤローがァ!
 オラ、降りるぞ、オマエも」

関わるまいと距離を置く乗客のお陰で、私たちの周りのスペースには少し余裕が出来ていた。
プシューッと音を立てて乗降扉が開くと、電車を待っていた人たちは車内の現状に驚いて目を丸くしていた。そんな人たちの合間を縫って、サラリーマンの腕を掴んだまま彼は先に電車を降りていく。
さっきまでびくともしなかった体はやっと動けるようになったみたいで、コツンと靴に当たった飴玉を咄嗟に拾い上げ、私はそれに続いて電車から降りた。
抱き締めてたせいでぺたんこになっちゃった学校指定の鞄の持ち手を肩にかけ、私の身体はホームの白線の内側に。そういえばスカートを直してなかったと思い出し、焦ってスカートのプリーツを触ると裾はちゃんといつもの場所にあって、ホッと胸を撫で下ろす。あんな姿を人に見られでもしたら恥ずかし過ぎてお嫁に行けない。
背後の扉が閉まって出発メロディを鳴らし、さっきまで乗っていた電車は次の駅へと発進する。
ザーザー降る雨の音とガタンゴトンと大きな通過音に混ざって離せ、誤解だ、冤罪だと煩いサラリーマンにチッと悪態を吐き、黒髪の男性は噛み付かんばかりに一喝した。

「っせんだヨ、テメーは黙ってろ!
 一応聞くけどォ...合意の上?」

サラリーマンには牙を剥き出しにして吠える獣みたいに、私には少し困ったような表情で彼は私に質問を投げかける。
違います、と言いたかったのに声は出なくて、必死に首を横に振る。拳に力が入って右手の中にあるキャンディの包装紙が、カサリと小さな音を立てた。

「だよなァ
 スンマセン駅員さァん痴漢捕まえたんですけどォ」

騒ぎを聞きつけた鉄道駅員さんたちが駆け寄ってきて、彼とサラリーマンを取り囲む。私は少し離れた場所でそれを他人事のように眺めてた。
サラリーマンを駅員さんに引き渡し、背を向ける彼は駅員さんに何やら説明をしているようで、私もちゃんと説明しなきゃとハッと我に返り一歩踏み出したところで目の前の談義は終わってしまった。
駅員さんに軽く頭を下げると彼は踵を返し、私に言う。

「駅員室で話聞くってサ。オレはもう行くけどォ、
 されたことちゃんと話せ...るゥ...っ!?」

目的地がどこかわからないけど、途中下車する羽目になったというのに文句ひとつ言うことなく事後処理を終えた彼は、180cmくらいありそうな長身に細い身体、まっすぐで短めの黒髪に切れ長の細目は鋭く一見怖そうに見える。
実際さっき見た吠える彼は怖かった。でも今、私をまっすぐ見据える瞳は暖かくどこか優しい。
何故かじんわり視界が歪んでいって、気付けば頬を伝う涙がぽたり、雨のようにホームのコンクリートへと落ちてった。それを見た細目の中の優しい瞳は大きく揺れて、彼の動揺が見て取れた。

「ちょ...マジかァ...あー...」

これ以上、迷惑なんか掛けたくないのに。
ボロボロ溢れる涙を必死に拭うけど視界は晴れない。
困ったように頭を掻いてる彼に笑って言うんだ、大丈夫です気にしないで下さい、助けてくれてありがとうございましたって。
出てよ言葉、止まって涙ーーー

「もう大丈夫だからァ...泣くなよ、なァ...?」

意に反して現状は変えられないまま、ただただ涙する私に、戸惑いながらも彼はそっと私の頭に触れた。
ゆっくりふんわり優しく撫でて、彼は心配そうに私の顔を覗き込む。子供をあやすようなそれは、私をひどく安心させた。

「あ、ありがっ...」
「おー、今度から気をつけろォ?」

途切れ途切れだけどやっと言えた感謝の言葉に、目を細めるだけの笑みを浮かべて彼は私の頭をポンポン叩く。
ホームにブレーキ音を響かせながら次の電車が到着し、んじゃ行くわ、と言った彼はそのままその場を立ち去ろうとする。
無意識のうちに私の手は引き止めるようにシャツの裾を掴んでしまって、振り返る彼、どうしよう何か言わなきゃ何か...

「おっ...お礼っ...」
「ンなん気にすんなヨ。...ン、あ、それ」

咄嗟に口から出たのはそんな言葉で、心底自分にがっかりした。違うでしょ千歳、もっとこう、何かあっただろうに。
密かに落ち込む私をよそに、彼の視線は右手からはみ出した赤の包み紙にあって、それを見せるように私はその手を開く。

「オレが落としたヤツだわ、拾ってくれてあんがとネ
 これでチャラなァ?」

そう言って私の手中にあったいちご味の飴玉を摘み上げると、それを揺らしながら彼は八重歯を見せてニカッと笑った。
じゃあな、と一言残し電車に乗り込む背中を見送って、女性駅員さんに手を引かれ、私は駅員室へと歩み出す。
今から話さなければならないのは嫌悪感しかない事件。だけど思い起こせば彼の姿が脳裏に浮かんで不思議と気分は悪くない。
取り乱していたさっきまでの自分が嘘みたいに、
今、私の心はすっきりしている。



AとJK 1-7
優しい瞳 / 2017.06.08

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