見上げた空よりも色鮮やかなチェレステが、対向車線を駆けてった。
あ、あれ多分ビアンキの新型だってそれを思わず目で追ってたら、何でか千歳が自転車乗ってるイメージが頭に浮かんだ。もし千歳がロードに乗るなら、さっきのみたいなビアンキのチェレステがいい。いややっぱデローザのピンク、オレと同じキャノデのグリーンもいいな。
一緒にサイクリングがてら峰ヶ山とか行ったりしてさ、あーしんど!疲れた!でも気持ちいいなぁとか言いながら並んで風景でも見られたら、きっと最高に幸せだ。あ、でもそうなると千歳もサイジャ着ることになっちまうか、そりゃダメだ。あんな身体のライン分かる服、他のヤツに見られちゃたまんねーわ。

「そういや千歳、昨日東戸と何話してた?」

そんな妄想を一通り頭ん中に巡らせながら、さり気なくオレの口は千歳にあの質問を投げかけていた。雑念まみれのくせによくもまぁそんな言葉が吐けたよなって、口だけは達者な自分を褒めたい。何となく思った事を口にしただけ、みたいな顔をして予定通りさり気なく、そんな体を演じてなきゃ聞きたいことも聞けねーなんてオレって結構滑稽だよな。けっこーこっけー、ってニワトリかっての。はは。...駄目だオレ思ってたより余裕ねーみたい。

「純太くんが橘さんに告白された話だよ」

そんな己の度量の狭さを噛み締めてるオレに千歳が放つ更なる追い討ち、あの昼休みの件が千歳の耳に届いてるなんて思いもしなかった。あーもー最悪、これってもしかして何かの罰なんだろうか。1mmも検討することなく即お断りしたオレを橘が呪ってる?お前もフラれろってか、勘弁してくれよ...
しかもオレの好きな人が誰なのかすら千歳に気にしてもらえないなんて、ただの幼馴染どころか興味すらないアウトオブ眼中ってヤツ?何だこれ、すげー辛い。心臓ってこんなにも痛くなるもんだっけ...

「千歳は?好きなやつ、いんの?」

心痛と困惑に苛まれ、気付けばオレの達者な口が勝手にそう言っていた。
こないだ聞きそびれた質問をよりによって何で今、馬鹿だろ純太そんなの聞いてどうすんだよ。突然投げかけられた言葉に千歳も驚いて固まってるしさ。あぁもうほら、そういう顔するってことは千歳好きなヤツ、居るやつじゃん。くそ、いてーよ心臓、いっそ止まれ。

「べ...別に私のことはどうでも、」
「オレだけバレてずりーじゃんか、千歳は?いんの?」
「い、るよ」
「へぇー...誰?」
「なっ、何で聞くの、答えないよっ!」

やっぱりだ。伊達に17年幼馴染してねーよって、分かりたくないのに分かっちまう自分が恨めしい。余計凹む結果になるのは目に見えてたのに、何でこんなこと聞いちゃったかな...
カッと顔赤くしてそっぽ向いた千歳は、私も聞かなかったんだから純太くんも聞かないでって小さく呟く。そりゃそうかって納得も出来んのに、それ以上に誰が千歳にこんな女らしい顔させんだよってオレは嫉妬でどうにかなりそうだった。相手が気になんのも事実、けど知りたくないって気持ちもある。ずっと千歳の隣に居たのはオレなのに、千歳の心の中にはオレじゃない誰が住んでるなんて、関係を壊したくないとか言ってる間にこれとかほんと救いようがねーなって逆に笑えてくる。

「じゃあさ、そいつのことどんくらい好き?」

半ば投げやりなったオレは笑って千歳にそう尋ねてた。こんな時でもへらへら笑えちゃってる自分に脱帽だよ。
もし生半可な、ちょっと好きかも程度ならそのフラグはへし折ってやる。むしろその程度であってくれ。それならまだオレにも可能性が、

「どのくらいって言われると困るけど...
 多分、一生好き」

なんていうオレの願いは儚く消えて、一生好きだとかいうパワーワードが鋭利な刃物みたいになって心臓に突き刺さる。そ、んなに好きかよ、そいつのこと...
辛さが増せば増すほど余計笑えてくるって、こんな時だからこそ、笑うしか、出来ないって、何だそれ。

「ははっ!一生なんて無理だろ」
「無理かどうかはわかんないじゃん!」
「高校生の時の恋なんか、大人になったら忘れるって」
「忘れないよ!もし今後他の人好きになったとしても、
 将来他の人と結婚したとしても、忘れないよ!
 ずっと、好きだったんだもん...」

そんなの認めたくなくて好きな子いじる小学生みたいに千歳に意地の悪いこと言っちゃってさ、どんだけオレは器の小さい人間なんだろ。格好悪いな純太、お前がぐだぐだしてっからどっかの馬の骨に千歳の心持ってかれたんじゃんか。自業自得を棚に上げて千歳を責めるのは間違ってるよ、わかってるよ、でも、

「...純太くんはどうなの?
 その好きな子のこと大人になったら忘れるの?」

いろんな感情が渦巻くオレに千歳の言葉が胸のど真ん中を突き抜ける。
...それってまるでブーメランだよ。結構強めに千歳の気持ち否定しておきながら、どの口が言うんだって感じだけどさ。

「忘れ...ない、忘れるわけない。一生好きだよ」

千歳が。
ってオレを見上げる二つの瞳を見つめるだけで、主語は勿論言えなかった。でもこれだけは、本当で本心で心の底から思ってるよ、オレは千歳が好きだって。一生、好きだって。
それをあえて言わずにいたのは、言ったところで千歳を困らせるだけだから。ってのは建前で、単にオレがチキンなだけ。コッケーなチキンとかもうオレの前世は多分ニワトリだ。
───なんてくだらないこと思い始めて気付いた。
千歳の、異変に。

「で、でしょ!?
 なら意地悪なこと言わないでよ、もー...」
「...千歳?」
「待ってこっち見ないで純太くん」
「千歳」

オレを見ていた千歳の顔が一瞬歪んだかと思うと千歳は歩行速度を上げてオレより先を歩き始めた。
視界の端に見えた千歳の横顔がさっきより紅く見えたのは気のせい?気のせいじゃない?
咄嗟にオレから離れてこうとする千歳の右腕を掴まえてその手を引くと、オレを振り返った千歳は左手で顔を隠すようにはしてたものの、隠し切れてない肌はこれまで見たことないくらい鮮やか色付いていていた。

「あっ...ちがっ...
 なんか私に言われたみたいな気分になって、ごめ...
 やだなーもう、純太くんがそんな真面目な顔して
 言うからだよ...」

なぁ千歳、自分でも気付いてる?千歳、隠し事出来ないんだって。全部顔に出ちゃうんだよ、昔から。
もしかして、もしかして千歳の好きな人ってさ、オレの勘違いでなければ、自惚れじゃなければ...
今更だけど気付いたよ。
これがオレの求めてたきっかけなんだって。

「千歳に言ったんだって言ったら?」

千歳の腕掴んでた手を下ろしていって、オレは千歳の手のひらをぎゅっと握った。千歳と手ぇ繋ぐなんて何年ぶりだろ、こんなに千歳の手って小さかったっけ...
でもこの温もりは今も昔も変わらない、オレの大好きな千歳だ。
千歳の熱を手中に感じながら、千歳が好きだ、千歳もオレのこと好きでいてくれってひたすら念じる。その頃にはもうオレの絶望感とか胸の痛みとかってヤツはそもそも存在しなかったみたいに跡形も無く消えていた。



きみのとなり 8 / 2018.02.01

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